しら。こっちの生活がどうであるにかかわらず、あっちの生活がどうであるにかかわらず。私はそんな気持で自分の親たちに対していたことがあったかしら。私はよくするということを意識していたと思われます。あなたのお気持を表してゆく、そういうところがあったようです。きょうは、でも、あなたのおなかにある深さ、自然さがそれなり私の気持のなかでするするとのびたような感銘です。〔中略〕私はこうやって、徐々に人間の優しさというものが分って来るのね。騒々しいような仰々しいような心づかいとはちがった優しさがわかって来るのね。
十月十八日。
きょうは何といい心持でしょう。きのうはなかなか成功的でね、只天気が不確かだったので、卯女と康子は電車の停留場のところまで折角来たのにそこからもどってしまったのが残念でした。結局は降らなかったのだけれど。
例によってわが家のけさは、花満目です。下のタンスの上には、大阪から種をとりよせて咲かせたと花やが自慢したという大輪のダリヤが、大壺にささって居ります。こんな花びっくりなさるでしょう、まるで生きている飾提灯ほどの大きさの白、赤、黄よ。(これは佐藤さん)それから栄さんの可愛
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