辿っていて、つまりある一つのことなり心理なりが、何が何だか分らないまま、わかったところ、つかんだところだけでかいている。小説の真の小説らしさ、そのいのちは作家がもっている大さとか高さとかを、過程のうちに反映してゆくところにあるのね。その証拠には、ロマン・ロランだって「ジャン・クリストフ」は実に面白いが、英雄を扱った(むき出して)戯曲は大して面白くないわ。卑俗に、読者にわかるところまで作家が下りると云うが、決して決してそうではないわ。無いことがさがし出されてかかれるのでなくて、あることが、独特ないのちを与えられて現れる、そのいのちこそその作家の高さ深さをあらわすものでなければならないのでしょう。こんなこと、すこしひとり言でしょうか。でも、私は大変いい小説がかきたいのよ。ギューッとつっこんだところのある作品がかきたいのよ。中公の長いの、ですから楽しみです。いろんな研究と発見とが出来るだろうと思います。おでこと心臓とで、ぐいぐい押してかいてみたいの。わるくないでしょう。この意味では春ごろ、てっとりばやく書かなくて本当によかったと思います。
 八日づけのお手紙、二葉亭四迷の第五巻、まだそちらに
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