雑誌としては『文芸』、『新潮』がのこる模様です。一枚一円五十銭が最高の『文芸』でも、文芸のための雑誌といえば、やはり誰しも愛着をもっているのはうれしいところでしょう。綜合雑誌もずっと減るでしょう。そういう会[自注5]でどこかの記者が講談社に、きみのところはいくつもあるからすこしまとめてはどうかいと云ったら、曰ク、日本は僕のところから出る雑誌さえあればほかのはなくたっていいのだ。なるほど講談社にちがいないと大いに笑いました。学校内のいろんな雑誌、学生の文学の同人雑誌なども紙がないから出すのをおやめといわれています。紙がないということでそれならいい本を出すということとは別なのです、今日の性格ね。
詩集のはなし、詩集は本当に心をやすめ潤す力をもっているとおどろきます。手紙ひとまとめに風呂しき包みになるのもいいけれどそれらのなかにちりばめられてある詩の話も、やっぱりいっしょに包みこまれなければならないのは不便ね。そういう象嵌《ぞうがん》だけとり出して小さい宝|匣《ばこ》に入れておく魔法もなし、ねえ。
この間うちずっと座右にあったのは、『泉と小枝』というのです。ちいさな灌木のしげみの蔭に一つ
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