ません。これから見つける分。
 この時代のものは、概して小さいあるときの心理というようなものをとらえている作品が多うございます。まとまっている。でも深さが十分でない。題材がそういうものであるところもあるけれど、やはり作者の生活眼、生活感覚が、環境的なものに支配されていると感じます。能才者という調子があります。上すべりしているというほどではないけれども。そして今の自分としてはその能才風なところが気に入らないわけです。
 現在の私は、小さい枠に、どっさりのものを含ませたり盛ったりしようとして、未完成なものを書く傾きがありますが、それらの作品はどれもそれぞれにその世界をもってまとまっていて、つやがあって、小市民の善良さ、かしこさのつやをもっている。狭さがわかります。「顔」「伊太利亜の古陶」「小村淡彩」などは題材は面白いのです。気持も一寸とらえているけれど、生活の息が不足しています。あくどさがない、いい意味でも。濃い色とつよい息がありません。破れたところがない。その頃私は芥川の作品が殆ど大部分一種の作文だということを、理解していなくて感覚で反撥してだけいた、そのことがよくわかるようなものです。
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