かと云っていた広島の娘さんのこと、多賀ちゃんきのう行って見てすぐまとまるという望みはないように見て来ました。或はたかちゃんなんか口を利いたりすると、あとで大変そのひとにわるくて困ることになるかもしれません。
この間の晩あんなに細々といろいろ話して、富ちゃん大いに感謝しているらしかったが、果して現実にどう行動するのか。私にはこう云わにゃというところかもしれず。誰に対してはこう云わにゃ、彼に対してはこう云わにゃ。まるで、では自分のためにはどうしなくてはならないのかというところがフヌケとなっていて。こういうつもりがいろいろの事情でああなったというのではなくてね、土台、ああ云っちょこう、こう云っちょかにゃ、だからいやです。お気の毒とも思いますけれども、しんの腐っているという点はやはりリアルに映ります。今度のことではあの家の悪い習慣の結果が実にまざまざとあらわれて。
今多賀子は野原よ。あついところを又二人で泣いたり笑ったりしていることでしょう。可哀そうに。永い年月の間、日々の勤勉な生活からつつましく生きて来たのでないということは、或時期にこういう結果をもたらすのでしょうか。多賀子はあっちこっ
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