本の人がどっさり居りますけれど、そっちには余りいないという話まで出ているのに、「お父さん、何やっていらっしゃるの」というと、笑って答えず、というのはどういうわけでしょう。何もせんさくするのではないが、やっぱりそのことになると誰も答えない、というのは少くとも私の習慣には馴れにくいのね。その辺は農業ではなくて皆小さい商売をしている人が多いというのですが。手紙でかくと、答えないということに何かありそうにきこえるかもしれませんが、格別そうでもないのかしらないけれど、でも普通なら「店をやって居ります」とか何とか一口で一寸云えるところもあるのでしょうと思うけれど。面白いのね。誰も私のようには感じていないのだから。こっちの家もしゃんとしちょる。庭もひろい。家もいい。仕度もちゃんとせて、でOKになっているのだから、私は別に申し条もないわけですが。お里がえりのとき御覧になったら、あちらの家の机の上に木星社の文芸評論集と『婦人公論』とがちゃんとおいて飾ってありましたそうです、呵々大笑的好風景ではないこと? アメリカの父さんのこともこの式の一面なのかもしれませんね。何となくいろいろ面白い。
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