ウムがかかっていることですし、詩はもう詩作されるというような位置になくて、詩人にとって生命そのものとなってしまって居りますからね。あなたはいくつかの詩から、本当にこの秘密をつかんでいらっしゃいますか? 本当につかんでいらっしゃいますか? 秀抜な文芸評論家として、本当につかんでいらっしゃいますか? 詩もその境地に到って、遂にいのちのうたとなったのであると思います。そういう程度の詩集になると、シャガールのファンタジーによる插画なんか不用になって来るところは、一層興味あるところですね。詩句をよりゆたかにする筈の插画は、シャガールがさかだちしたって、一つのより弱い説明でしかないのですものね。これも実に面白い。大衆小説に插画があって、純文学に插画のない必然もわかります。いろいろ面白いわねえ。
「五月の挨拶」のすこし先に、「わが笛のうたぐちは」というのがあります。これは絃楽器の伴奏につれてうたわれるべき一句です。覚えていらっしゃるかしら、若草に顔を近く、一茎の葦笛をふくうたです。藤村の昔の詩に「そのひとふきはよろこびを そのふたふきはためいきを」というのがありましたが、これは全く音楽の流れをもって
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