などをして、そして作品をつくってゆくこと――自分の理解一杯のところ迄理論的にはっきりさせておいて、作品をかいてゆくという一人二役性も、今のように文学の課題が出されない環境のなかではためにもなるし、作家として一つの真実な態度かもしれませんね。
『文芸』の仕事のようなことをやっても、随分私の作家としての面に有効でしたから。こういうタイプ(作家の、女の)、何だか面白いことね。いかにも文化貧困のやりくり性があらわれていることでもあるし、その半面では、婦人作家の通ヘイである自然発生性からの成長でもあり。
充分描ければ、作品としての面白さは、大名夫人に遙にまさります。但その十分描くというところが、ね、主観的でない困難があり、その程度が、わかるような分らないような。
一頁勉強のこと、我慢しているうちには、とかいてあって、全く破顔一笑よ。今私が何かにふれて、一昨年あたりフーフー云ってよんだものの助けを得ているように、きっとこれも二年ぐらい経ったら効力があらわれるのでしょう。実力なんてそんなものね。
実力と云えば、四月の『図書』に、西田哲学の紹介をかいていた人があったでしょう? およみになりました
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