私には、どうも本当の評論をかくひとの頭の工合というか、ものの考えようというか、自分が持って生れていないものがあると思われます。
 そこまで歴史的に綜合的に生れていないように思います。勿論それでもやってはゆくのですけれど。
 いづみ子の消息かいた手紙、もう御覧になりましたでしょう? あの子には、あなたがうちの男の子にお会いになるより、会いにくいので、たよりばかりということになります。私ひとりで会ったり余りしようと思わない心持、おわかりになるでしょう? これは面白い微妙な気分ね。会わせたいという心持と、これとは決して同じでないところ。私は、はにかむのですもの。そうでしょう? そして、そこに彼女やその幼な馴染みにふさわしい美しさもあるようです。
 こんなにして手紙かくとき、手頸のやけどが、薄赤い柔皮で、こわれていたくて、きっちりと袖口を手くびにまきつけて書いて居ります。もしかしたら一日に行こうかしら。駄目かしら。今夜と明日一杯と、よく仕事して見て、その御ホービが出るか出ないか、というわけです。『文芸春秋』が十円の貯蓄公債よこしました。もし千円あたったら、何をあげましょうか。達ちゃんのお嫁貰う
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