。本当にそうよ、ネフスキー街を歩いたとき割合でこぼこでしたし角はあるし、最も人間の意力を語る大きい橋があるのですもの。
 お礼のこと一層はっきりわかりました。新しい事ム所も出来たし、二十にします。(岡林さん)切手で。
 袷、お着になったのはやはりちゃんと清潔にして置きましょう、多賀ちゃんにすぐやって貰えるのですから。お着になった方、送って下さい。
 ノートの話もありがとう。実に私はちょいちょい思い出します、心にしみついているのね。ありがたいものだと思います。大変よく整えられて居りますから。
 十二日から十三日までの暮し模様は前便のとおり。
 さてお体の工合はいかが? 熱が出ましたか? 雨で空気がいくらか柔かくなりましたが、そろそろもう春の荒っぽさがあらわれました。呉々もお大切に。
 きょうは私、自分だけの心で素朴に描いていて。勿論ああでいいのよ。ああならああでいいのよ。
 あれから多賀ちゃんと池袋で会って、有楽町へ出てフレッド・アステアとジンジャ・ロージャースの「カッスル夫妻」というのを(映画よ)観ました。この二人の舞踊家は世界の名コンビと云われる踊りてで、現代舞踏を創ったカッスル夫妻の生涯を物語りにしたものです。カッスルがイギリス生れで、欧州大戦(1918)に飛行将校として、分列式のとき、着陸の際、相手のスピードののろさから、自分の機体が先着者の真上になり、衝突をしてしまうか、自分が犠牲となるか、二つに一つとなった刹那、垂直上昇をやって、おちて死にました。(今ならこの位のはなれ業では死なないでしょう)。そんな場合の人間的な立派さが芸術家の真髄をつらぬくというところにフレッド・アステアの語らんとするものもあるらしく、カッスルが戦線から賜暇でかえったとき、余りおそいので不安におののいていた妻のところへあらわれ、二人のおどる踊りは、実に美しい情感が溢れていて、涙を誘うほどでした。深い愛のサスペンスのこもったゆるやかな優雅なふりから次第次第に高まり放胆となり燃え立つ旋回飛やくの後、再びしずかな夢に誘うようなメロディーにうつって二人の踊りては互の体を支え合いながら云いようない優しさにしずまります。
 こんな抒情詩のような踊りをこれまで見たことがありません。バレーでカップルの舞いがよくありますが、大体いつもきまっていてね。二つの蝶という型が常套です。そういう小品とも全くちがって一組の心の波動のまま、自然の横溢のままが動きのリズムにうつされていて、本当に、私がきょうという日の心持で見たのでなくても、やはりこれはカッスル夫妻への敬意を求められたでしょう。アステアという男の心のくみ立ても面白い。
 アルゼンチン・タンゴのようなもの、いわゆる情熱をそういう形で(追う、つきはなす、つきはなしたものが次には追う式)表現しないもの、ずっと調和的沈潜的なものを、あれだけに表現する男は珍しい。男の舞踏家として実に珍しい。
 私はこの一つの踊りの美しさに、大いになぐさめられました。そして、ああ私はきょうあなたにどんな優しい話をしてあげようかしらと考えました。アステアが、その踊りで語るようなものを私に語るひとに、私はどんなメロディーをつたえましょう、そんな風に考えました。
 それから富士見町へまわりました。ここでいろいろ話し二十日に日比谷へ行く用がある(ひとのこと、夏のつづき)ことがわかりました。
 私はたくさんたくさん仕事して居ります。ひる間、栄さんの方へ出かけて手つだって貰って来て、かえって、別の仕事やるという工合です。来月十日ごろから後はいく分ましになりますが。それに、よしあしね、私は勉強する、ということがわかって、若い女のひとのためのものでも、思いつきでかけないものが多くなって。いいけれど、ユニークですから。でも時間は多くかかるわけとなります。
 富ちゃんのお嫁は大体この二十二日とかに先方からの返事がある由です。島田の家へ出入りするひとの姪《めい》とかの由。ああこの字クシャクシャかいて、あなたが坦々をクチャクチャもんでいらっしゃるのを見くらべ笑えました。あの坦々のくしゃくしゃを見れば、どんなにデコボコかいやでもわかりますね。
 栄さんの「暦」その他、本になります。このひとが作家として示している自然発生のよいものとその低いものについて、低さの面をいうのはごく親しい二人の女の作家ぐらいだということを、栄さんは一つのおどろきに近いこわさとして語っていました。そのとおりです。戸川貞雄の月評家としての目安も、この人らしいことね。第一のように云っている作品について(正月)多くのひとはいろいろ疑問を呈出しているのです。
 内在的なものということを云っていらした意味、この頃、人間の問題としても芸術上の問題としても一層わかります。こういうものは全く一つの可能としてある
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