だけですね、そのものとして内容ではないわね。内容をあらしめる可能としてあるにすぎないというところ、何と考えさせるでしょう。そして何と多くのものが、可能性の色合いというぐらいのところで、日常にも芸術にも生きて行っているでしょう。しかしその可能を内容と成育させてゆくということは何と自分を劬《いたわ》っていられないことでしょう、面白いわ、ねえ。どうぞお大事に。私もいろいろよくやりますから。

 二月十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 二月十七日
 こんな紙をちぎって書いたりして、何となく女学生の恋文のようで可笑しいこと。封筒はちゃんともって来て、紙を忘れて。それでも一寸かいて、気を落付けて、それからきょうはここがしまるまでねばります。
 このノートの上に午後二時すぎの日光がチラチラして居ります、ここは日比谷よ。珍しいでしょう。あやうく潰れかかった図書館だけあって、内部の設備は実にひどうございます。市の図書館として、こんなところにあるのにしては国辱ものですね。婦人の室なんかほんとに狭くて、ぎっしりつまって四十人ぐらい。この辺の若い閲ラン者はこの辺の給仕や何かしている青少年が多い様子です、そんなこともいろいろ又考えさせます。本の出入に一人の若い人がいるきりです、その人の襟もどこかの夜学のマークがついて居ります。四年というしるしがあります。
 それでも上野になかった本が三冊とも(平林たいの)あってうれしいと思います。上野にないものであるのもある。必要にしたがって、下拵えの勉強は図書館で出来るから大分便利になりました。大抵のひと、いやと申します。自分のものをかくということになれば、せいぜいこの位のもの、それも、気分をまとめるに役に立つという程度ね、どうしても。
 私の向い側の割合年とった女のひとは一心に英作文をやって居ります。となりには女学生がいて、地理をやって居ります。小さいガスストーブが一つあります。夜になったらあっちへストーブよりへうつることですね。森長さん、岡林さん終りましたからどうぞ御安心下さい。
 私はこんなノートをつかって居るのです。そして、大きいのんきな字でたてがきをしてノートとるの。
 ではこれから一しきり本よみ。どうぞ御元気で。あったかいようで風はさむいことね。西日が右の顔半面にさして、不安です。でもお客にせめこまれる心配のないのは何よりです。ではこんな紙で御免下さい。よみかえして見ていかにも塵っぽいガタガタ図書館での手紙らしくて可笑しくなりました。これも御座興でしょう。

 二月二十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 二月二十四日  第十七信
 十八日にね、一枚ばかり手紙かきかけて居りました。それにはこうかいてあります、
 ひどい風ですね、きょうは紀を夕飯によんだので、買物をしに出かけて、ビリアードの横を入って見たら、ふとんが干されて風にふかれて居りました。けさはずっと勉強していて、その間に云々と目のかわきの苦しさを訴えて居ります。本当にひどいかわきつづきでした。
 森長さん二十二日でしたか? それとも三日でしたか。ともかく、今は漸々《ようよう》ほっとなりました。
 忘れていられる時間が一日のうちに出来て、何と頭が楽になったでしょう。
 写真かえって参りました。割合早くかえって来たのも分るようでもあり、何だかというようなところもあり。
 きのうきょうで『文芸』のを終りました。「あわせ鏡」というのです。例えばたい子の小説、芙美、千代これらの人の作品は、一方に歴史をちゃんとうつして(正面から)いるもう一面の鏡なしには決して本質が明らかにされることの出来ない作家たちですから。特にたい子の作品は、反撥をモチーフとしているという全く特殊なものですから。実にひねくれているものですね、書いていておどろかれます。自分のもっているボリュームの全体でひねくれてしまった不幸な人です。
 きょうは土曜日でなければ、やれ、と机から立っておめにかかりに行けたのに。「三月の第三日曜日」はやっとこれからよ、可哀そうでしょう? 〆切が六日で校了であるそうです。でもこれは気持いっぱいにあるものですから、楽でしょうと思います。かきはじめたらなだらかにゆきそうです。娘の名は何とつけてやりましょう。弟の名は何としましょう。娘はヤスはどう? 弟は何か吉のつく名が見つけたいと思います。どうしても娘の生活が中心になりますね。そして、はじめはその日曜一日を書こうかと思ったのですが、もっといろいろかきたいから題も自然かわるでしょうと思います。
 月曜日にそちらにゆきます。明日、月曜日、すこしそのために歩きまわらなければなりませんから。何か妙な映画も見なければいけないの。「迚もいいわよ、可哀そうなのよ」という話題になるのに。
 この二月は
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