た。本当にありがとう。実にぴったりとしたおくりものです、私たちの間にしかありようのないおくりものです。呉々もありがとう。ペン軸も。いつも原稿はペンばかりです。こんど出かけたとき、念をいれてさがして使いいい、永年使うようなのを見つけましょう。
 年表は、『哲学年表』の組みかたで社会一般、婦人一般、文化、文学、婦人作家という分けかたにして見ました。そうすると、或年、どっさり社会的な事件、婦人の問題が生じているとき、婦人作家はどう活動していたかが分って、それが貧寒であるということからも、暗示するものは少くないわけです。本当は作品を列挙すべきでしょうね。何年何年と。そこまで調べが届くかどうか。やれたらやった方がいいのですが。何とか懇話会(六日ごろの)あれは長谷川のお婆さんによろしくやられたのでした。その経験でいろいろ分ったからもう大丈夫です。どうぞ御安心下さい。
 お手紙に伊豆かどこかの小旅行は云々とあって、迚も伊豆まではのびなかったネと多賀ちゃんと大笑いしました。でも休まった工合です。休まったのが、かえってからいろいろわるくないことですっかり体に入った感じです。又明日からせっせと仕事です。大日本印刷(牛込)なんかさえ夜業全廃です、モーターをとめるから。そのため〆切りのくりあげで大したことになりました。これまで一ヵ月のうち十日間はややひまであったのが、もうすこし本当の仕事のため準備があれば、休む日はなくなります。
 読みもの、いろいろ妙なところで、骨格になって来て面白く思われます。ナイティンゲールのことがあって、その天使めいた伝説をただした伝記をかくのですが、そのことにふれて、イギリスの働く人たちの生活状態をしらべた文献がすぐ念頭にうかんで来て、やはり極めてリアリスティックな背景を描かせますし、クリミヤ戦争で兵隊が苦しんだことにしろ、それと同じ時代にそのことを関心して、前の本の親友がふれている、庶民生活のひどい扱われ方として。なかなか面白うございます。ジャック・ロンドンの「奈落の人々」がやはりふれて来ます。いろいろ大変面白く、歴史の現実の豊富を、ごっそりとすくい上げて見られるうれしさを感じます。
 私は、この頃、いつか(一昨年のころ)云っていらしたように歴史上の題材を正当に扱われるかもしれないと思うようになりました。一つ何かいい歴史小説があってもいいわね。長篇として。歴史小説の正しさのわかるものとして書けたら。
 こんどの長篇は、きょうの歴史を描くわけですが、その次一つそういう歴史をかいて見ようかと何となし楽しみです。女の生活の面から見てね。エリオットに「ロモラ」という代表的な歴史的な作品があります。ルネッサンスのイタリーを描いて。勿論これはエリオットの色と調子ではりつめられているものですが。
 いろいろ勉強がこねられて来るというのは面白いものね。この頃、やっと気まぐれでない勉強の意味がわかりかかったようです。例えば『文芸』のを一貫してここまで来ると、いろいろはっきりして、今『現代文学読本』(日本評論)のために書いている(栄さんにたのんで)「昭和の十四年間」は、一昨年正月にかいた「文学」(三笠の)よりずっとましになりました。そういう成長はたのしみです。これまでの十年のみのりをちゃんとまとめたいと切望いたします。今年『文芸』のがまとめられて、小説が一つ長いの、あと短いのいくつかとかければ私は本当にうれしいと思います、フーフーが一段落つくというのは、それに又忘れられないうれしさです。
 この長いのは、私は本気です。非常に本気です。題材は必しも「伸子」以後、つまりひろ子をそれなり扱い得ないとしても、いろいろな点では芸術的な価値で「伸子」の発展であらなければなりませんから。この完成のためには本当に本気です。ほかの仕事考えていて、そのことにふっと心がゆくと、暫く眠るのを忘れます。
 明日行こうと思っていたけれども、二三日のばした方がよいとのことですから、十六日にゆきます。十六日、十六日と思わざるを得ません。ねえ、そうでしょう、ではどうかお元気で、かぜお引きにならないようにね。

 二月十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 二月十六日  第十五信
 けさお手紙をありがとう。スィトピーはよいとして白いカード? やっぱり玉子組? 風邪の気配のことについての短いお心づけは大変いろいろ感想をもってよみました。本当にいろいろ感じて。少しと書かれていることが先へつづけて考えられるし、無用のという字の見えるところもいろいろわかり、衛生について考えて下さることよくわかります。変に神経質になるのはよくないねという声もきこえるし、無用の気づかいに至っては、気は病から、となるが、まさかユリは其那ではないのだからと、折りたたまれた心の道。面白いと思います
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