つづきのものをうんとよんでね。
 今年の暮は私たちにとっていい暮だと思いますが、いかが? 十二月に入ってから、私の心持に本当に明るい展開がもたらされて、一層、しんの人間の明るさが、性格の明るさなどというものにたより切れるものでないこと、しんの明るさは正しい理解からしかもたらされないことを痛切に感じ、そのよろこびは大変ふかいのよ。いろんな場面で物を云わなければならないとき、内在的なかんでものを云うことには限度があって、(その正しさに)ね。その限度はやはり直感されていて、そこから生じる主観的な弱さがあるわけです。勉強のたのしさというものは、こういうときこんな味で分るものなのかとおどろいているわけです。こんなにユリを両面から明るくゆたかにしてくれるおくりものが与えられたということ、やっぱりいいお心持でしょう? 私は本当にうれしい気持です。こんなに段落がついて、くっきり自分の心の展開の自覚されるということはうれしいことだと思って。
 お母さんもいろいろの点で今いいお気持だし、隆ちゃんも一週間で手紙の来るところに無事で蚊にくわれもしないでいるし、それもやっぱりうれしいでしょう?
 それに、何年ぶりかで、借金しないで暮が過せて私はいい心持なの。これもまあいい心持の一つ。
 何だかひどくうれしづくめの手紙のようで滑稽だけれど、それでも、その範囲では御同感でしょう。元より一番のうれしいことは、勉強のこととあのことと、仕事のことよ。
 この勉学の収穫としてのいい心持というのは、夏から後の結果に対してばかりでなく、よく考えてみると、この三四年来のいろいろの心持の起伏の集積に対して効果を与えているのであると思います。あなたが、あきもせず、くりかえしくりかえし仰云っていることは、やがてはこのようにしてしんからわかる結果で結実するのね。そのことも大変面白いわ。そして、自分の程度がもっと高まるにつれて、くりかえしの必要のへってゆくことも面白いと思います。
 この手紙、まるで郵便船でも出るように、いそいで終って速達にいたします、二十八日に間に合わないといけないから。いろいろのことがあったけれども、総体としてはわるい年ではなかったわけでした。
 でも、クリスマスなんかは外の飾りからすっかり消えて、銀モールその他なんかどこにも売って居りません。お正月のお餅は切符でこしらえます。おとそにするみりんが買えたので、マア珍しいと笑いました。みりんなんて殆ど一年ぶりですから。
 二十八日迄のはこれでおしまいですが、本当のおしまいまでにきっと、まだもう一通は書くでしょうと思います。
 寒さお大切にね、はらまききょうもって行きます。あの羽織紐いい色でしょう? では一先ずこれで。

 十二月二十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十二月二十六日夜  第八十七信
 手紙まだ書き足りず。今夜もかきます。
 夜は机の木の肌もすっかりつめたくて、手もかじかむので、やっぱり火鉢がいりますね。今夜は二度目の火鉢よ。御倹約でしょう?「紙の小旗」をかくさわぎのとき入れたぎり。従って、大した夜更しもないこと実証也のわけね。
 きのうの手紙はいそいで、好ちゃんのことやなんかちっともお話ししず。それやこれやで結局書き足りない感じで、こうやって又紙に吸いよせられたのでしょうと思います。
 きょうは、あれから十一時すぎ十二時十分前位まで宅下げ待って、それから富士見町へまわりました。九段下へバスが池袋から出ているのよ、東京駅行。そこから九段の坂をのぼって行ったら、パラパラ降って来ました。いそいで富士見町の方へ曲って家へ辿りついたら先生オーバーを着て出かけるところ。あたふたしていて、二階へ上り、一応勘定書についての説明をきき、それからついマナイタ橋の横だから思い切って金星堂へよりました。そしたらうけもっている人恐縮し切ってちぢくまっているの、可哀想に。あすこでは興亜書房とか云って一方で赤本出しているのですって。紙は紙やからのおあてがいなのですって。間には(九月から)一冊あの本(あなたのおっしゃっていたの)を出したきりの由。その本というのは、戦傷して腰から下が全く失われた人に同情して嫁した看護婦の人の手記なのですって。そのときはいろいろ美談でしたが、実はその結婚について女のひとが、いろいろ家庭の事情に支配されていたということがあって、寧ろ気の毒に思う人もあった、その人の手記なのですって。わるい流行ね。なぜ嘘をつかせるのでしょう、幾重にも。九月以来金星堂としてはそれ一冊なのですって。経済的理由でもないらしいのよ。一月初旬には出るでしょうって、首をちぢめての態でした。表紙も刷れているの見せました。本文も刷り上っているのですって。だからきっと今度はたしかでしょう。
 おなかペコペコでかえってパンた
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