もお大切に、というしかない次第です。
私の病気は大体直って、或は直して、ずっと平常です。二十七日につるさんの本のおよろこびをやりました。ごく内輪な顔ぶれでしたが、なかなか呑気《のんき》で久しぶりに愉快だったし、つるさん夫妻もうれしかったようで、肝入役は一安心です。五時半と云うきめだったのに六時半になっても来ず。「きょうは手ぶらで来ていいの知っているのだから、変だ」「妙だ」「何散髪しているのサ」「そうだろうがね」というようなことで七時半まで待って、仕方なく食事にかかろうというときは全く愁眉をよせました。私の気のもみかたをお察し下さい。つとめがえりでおなかがペコペコの連中なのですもの。
いよいよあきらめて食べるものを運ばせたら、そこへ、ヤアとひょこひょこやって来て! 二十八日(きのう)お仲人をやるのにどうしても金がいるし、髪はきらなくてはならないし、それでおそくなったのですって。電話のない国ではあるまいし。ああよかったよかった、とやっとたべはじめて十時までそこにいて、かえりました。稲ちゃんが、その場へ人にたのんでかりた紋つきと袴とを入れた大きい箱をもって。
この日には、つるさんが通知して、てっちゃんとS夫妻もつらなりました。互に何とか彼とか接触が多いので、いつまでもさけ合わせていても不便なばかりだから一つこの機会ということが云われたので。食卓で自己紹介して(みんなが)一般的に知り合いとなったわけでした。大勢の中でしたから、知らない人もあって(何人も)万事自然でよかったと思います。これは初めてのことでしたから改めて一寸。
そしたらきのう、てっちゃんが急いで来たから何かと思ったら勤め口がありそうなのですって。産業組合か何かの仕事で地味なもの。月給六、七十円の由。どうしようかと、私に相談に来てくれたというわけです。「ほかに相談するひともないもの、宮本しか」とポーと赤くなっている。「結構でしょう? つとめて見たらいいと思う」と申しました。一度もつとめ人の生活をしないで暮せるというような生活は今の世の中では例外です。いきなり食える食えないのことではなくて、やはりてっちゃんが電話一つかけられないとそれで通っている生活なんて、大ぼっちゃんで変です。いきなりいやにサラリーマンになってはやり切れないでしょうから、そんなところが小手しらべに大いによいでしょうと申しました。あなただってきっとそうおっしゃるでしょう? 子供がすこし成長してくれば、フラフラのお父さんなんかはよくありませんし。どうするか、多分きめるのでしょう。赤ちゃんの世話にかまけすぎて一日というのも人生として勿体ないもの。
『日本評論』へ『現代文学論』の書評をかねて文学感想をかきました。すこし面白いと思います。青野季吉が作家の凝視ということをかいている、二月『中公』。「文芸時評」。作品と作家とが離縁している。手芸的作品が多い。小説の本質的危険はここにあると思うと、現実を凝視せよ、と云っているのです。しかし只現象をおった凝視だけで、作品は作者との関係で血肉的なものになるのではない。そこにはテーマとモチーフとのいきさつがあり、作品、作家、作品をうむ現実、作品への作家のつながり工合が問題となるのでしょう。そのことを中心にして、書評しました。
線が細い。わかりにくい。いろいろ云う人もあります。線の細さはきわめて人間と結びついたものがあって、二月『文芸』に、批評家としての生い立ちをかいているなかに、論理の発展、論理が自分より上位にいるようなてれくささへ、特に文芸批評にあるてれくささというようなものをかいている。それにふれて、そういうてれくささで著者が書こうとするものの中を、一気に謂わば息をころして歩きぬけているようなところから来ているというようなことも書いたりして。増刷したそうです。
それからきのうは「三つの女大学」をかきました。益軒のと福沢諭吉のと菊池寛のと。諭吉が語っているところは力にみちて居ります。それが寛に到ると、実に低下している。そこに語られる女の生活の歴史のありよう。『文芸』の仕事に必要な勉強からいろいろこんな副産物が出ます。
これから又『文芸』の仕事の下拵えです。これはやってよかった仕事でしたね。もう二百枚越しているわけです。あともう三四回。それに文学は翻訳文学だった時代、「小説神髄」以前の女の活動について加えなければなりません。S子さんが年表をつくっています。こんな表をつけようと思います。
『哲学年表』の通りの形式二頁見開きにして、左に社会、婦人、次文化、文学、婦人作家と横並べにして。社会、婦人には女学校令が出た、女の剪髪禁止とか、戦争その他。文化文学は一般。ラジウムの発見、トルストイの作品、日本の透谷、そんなものを入れ、右手に寥々と婦人作家が出現して来るというわけです
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