話はきまったばかりで、まだこまかい話はきいていず。しかし確定はして居ります。うれしいから一生懸命かくつもりです。それにかかる前に『文芸』のつづきのもの、もう四五回分書いてしまおうと思います。そして長いものをかきはじめたら、余り他に気を散らさず書きます。私はどこへも行けないから、うちの条件をよくして。『文芸』の方のは『改造』から出るでしょう。ついでに「伸子」文庫にしないかきいて見るつもりです、性質から云えばそうしていい本ですから。
 あれやこれやで、多賀ちゃんは、野原へ、となりの桶屋さんの娘でこの三月青年学校を出る娘をこちらによこさないか、手紙をかいてくれました。きっと多賀ちゃんがいれば来るでしょう。どうも見込みがありそうです。そうすれば大助りね。私はやはり、何でもたのんでして貰える人がいないと困ります。多賀ちゃんがいれば、一人ぼっちの感じはないからその位若い娘(十六七?)でも大丈夫ですから。三月から多賀ちゃんの仕事も始りますから。もし実現したらいいこと。その娘は三年ぐらいはずっといるつもりですって。多賀ちゃんだって今年一杯はいそうです。洋裁が三月から十月まで。それから一ヵ月ぐらい帽子のことを習ってね。十一月でしょう? そしたら年の暮は野原でということがせいぜいでしょうから。こちらの生活に入りこんで見ていて多賀ちゃんには随分いろいろのことがわかったようです。私が田舎で暮すのは不便ということの意味もわかったようです、ただ水道、ガスの問題ではなく。
 四日のはまだですって? もう、お正月用封筒の手紙はついているわけですね。でも、お正月になってかいたのはまだ? 寄植でぼつぼつ咲いているのは何? 福寿草でしょうか、梅はないでしょう?
 梅と云えば、今年は一つ楽しみが出来ました。それはね、あのエハガキをお目にかけた六義園ね、あすこの梅見に出かけようと思って。私の好きな好きな紅梅も、一本ぐらいはどこかにありそうで。いつも桜や桃を見たいと思うのですが、そんな場所へわざわざ出かけてゆく折がなくて。六義園なら何のことはないし。
 詩の話も愛読して下すってありがとう。なかなか味いつきぬ趣がありますでしょう。お互に一つ本をよんでいるわけですが、やはり又それについての話も伺いたいのは面白い心持ね。話しかたというものに独特な味いがあります、それからそれを話す様子にも。その情景にも。そしてね、こんなことも思います。人間にも鳥のように、声で唱うしか表現の出来ないような情感もある、と。その声を大抵は胸の中にたたんで暮すのね。人間の胸がもしもアコーディオンであったらどんなに色様々の音を発することでしょう。人間の芸術に音楽があるわけですね。うたう心というものは面白いものですね。うたわんと欲する心も美しい。前奏のメロディーが委曲をつくしてリズムがたかまり、将にデュエットがうたわれようとするときの光彩にあふれた美しさ。全く陸離たる麗やかさ。光漲るなかに何と大きい精神の慰安が在ることでしょう。そういう美しさは涙を浮ばせるものであって、その涙のなかにこころを洗う新しく鮮やかなものがこもっていて。「ああわれは竪琴」という短い詩があります。絃をはられた竪琴が、ああわれは竪琴と、やさしくつよくかき鳴らされることを希っているソネットです。このソネットは目の中に見入り、膝の上に手をおいて、ゆるやかなふしでうたわれるうたですね。一年のうちに一月はユリの詩の月ですから、どうしたって。では、どうぞかぜをおひきにならないように。

 一月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(北京・牌楼の写真絵はがき)〕

 一九四〇・一・一四。栄さんのおくりものの手袋をお送りいたします。このエハガキもおくりものです、徳さんの。いろいろのがあります、涼しそうなのは夏に、ね。あしたは朝玉子をあげにゆきます。それから夕方は、小樽のおばあさんとてっちゃんのところ。でも、急に天気が変ったからどうなりますか、雪でもふればおやめでしょうが。私は雪見に出かけますが。雪は何となし家にじっとしていられない心持です。つるさんの本お買えになりましたか? 今仕事の下拵のためにこまかく読んで居ります。

 一月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 一月十九日  第六信
 きのうは妙な一日でした。何だかそちらが一日じゅう気がかりで、電車にのったりしていて人にもまれながら何か急に気になって。どこか工合がおわるいのではないかしら、そんな風に思いました。けさ、十三日づけのお手紙いただいて、すこし安心したけれども。しかし何しろ十三日ですものね。やっぱりどうしていらっしゃるだろうと思われます。本当にいかが? どんな顔つきしていらっしゃいますか? 熱の工合などは? このお手紙にはそういうことがちっともかかれて居りませんね。即ち、
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