いていて、どんな御気分のところへ着くのかしらなどとも思います。ああ、でもいずれにせよ、秋風よこころあらば、なのだから同じことですけれども。
寿夫さんから手紙来。おたよりを頂いたと。体がよくないのだそうです。どうしたのか。のみすぎでしょう。年賀のあいさつに、お酒をやめろというと野暮のようだが、体は正直な生きものだから、と書いてやりました。
林町の連中は皆丈夫。多賀ちゃんも幸《さいわい》、風邪もひきません。これは何より。私のはまだ、何度も鼻をかみます。今夜どうしても出かけなければならないのに、こんな風でいやだこと。乾いて、こう風がふいて。東京の一番わるいところですね。
一月も、もうじき二十三日ね。火曜日ね。満月は二十五日。大変くわしいでしょう、当用日記にはこういうこともあります。二十三日までに玉子何箇になるでしょう。
呉々かぜをおひきにならないように。あなたは何日がお書き初めでしたかしら。
一月十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
一月十三日 第五信
けさ書き初めをいただきました。(六日づけ)ありがとう。風邪をお引きになったのでもなかったのね。そのことを主に心配していたので安心しました。
私のかぜは随分グズグズでしたが、それが今年の風邪の特色らしくて、やっと昨今大体全快になりました。私は、体の条件で、すこしわるい機会に引くとそのかぜは迚も永くつづくのです、もう大丈夫故どうぞ御安心下さい。多賀ちゃんも元気です。島田の方も御元気。達ちゃんと同じ石津隊のひとが(同日に出た人)先日かえりました由。そして三月ごろはかえれるというそうです。段々そんなこんなでお母さんの御希望も具体性が加って来て、さぞおうれしいでしょう。私は本当に達ちゃんの顔を見たら安心します。そして、私たちは仕合わせであったと思います。隆ちゃんはどこか南の方でしょうか、今、日本の九月十月の気候のところにいるそうです。さむいのは可哀そうですが、それはマアいいこと。ハガキで例の如くわかるのはそれだけです、それから丈夫でいる、ということと。お嫁さんのことその他、おっしゃるとおりね。こちらで人が見つけられないのですから。勿論私は直接何とも云えないから、ただあなたにお話しするわけなのですが。全くとびはなれたところからでは、生活の習慣がちがったりして、双方それに適応出来ず、ね。やっぱりお母さんのお気にも叶うことが大切な条件ですし。岩本の小母さんという方は、お母さんより遙か常識家で、お母さんのそういう面に拍車を加える作用をしているので、いろいろになるような様子です。最小抵抗線でのもの事のおっつけ方は、ここが参謀らしく何となく悲喜劇ですね。岩本の小母さんという方は、現在の御自分の暮しに大変満足していらっしゃり、息子の小学教員の云うことを唯一の真理と思っていられるので、息子殿の口うつしでお母さんにもペチャペチャの由。でもマア話対手として御退屈まぎらしにはいいでしょうけれど。永い間にそういうものの作用が、お母さんの聰明さを曇らしはしまいかといくらかは気がかりです。今のところ、しかし私たちには現実的に別のプランというものもないのですし、お嫁のことも。
栄さんたちのプレゼントのこと。それはいいでしょう。きっとよろこんで「じゃそうしましょう」というでしょう。丸善へでも行って見ましょう。きれたのを、でもとりすてになすっては駄目よ。又ちゃんとつくろって、大事大事にとっておいてつかわなければなりませんから。純毛は大人用は本年はないでしょうね、折角のおくりものでも。
ユリのエッチラオッチラは本年も勿論つづけて居ります。五冊をのりこしたら、フーと大息をつくと思います。目に見えぬ土台というのは適切な表現です。本当にそれは目に見えぬ土台ね。年が経ってからききめがなるほどと感じられるような味がわかります。一昨年中によんだ何冊かのものについてもやはり同じことを感じます。或本をよんで、一旦はもう忘れたようになっていて、しかしどこかに蓄積されている。作品をよんでもそうです。但、私にはまだその底をつくてい[#「てい」に傍点]の理解が不足しているから、その肌身についての身につきかたが、例えば「北極飛行」などとは雲泥の差です。そこは遺憾ね。しかし追々読書力もひろく深く高くなって、消化しきれるようになるでしょう。実際わかるということのうちに、何といくつもの段階があることでしょうね。その段階の多さがやっとこの頃になってわかったようなところもあります。
小説のこと。今のところ、この前の手紙にもかきましたように、本月一杯に今日の文学を歴史的に見たもの百枚以内書いて、来月は「三月の第三日曜」をかいて、それから『文学者』へ何か短いものを書いて、それから『中公』の書き下し長篇へとりかかります。この長篇の
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