スタエルのないのはなぜか。日本の明治以来を見たって、一葉にしろ晶子にしろ、自然発生に彼女たちの芸術境をつくったのであって、既往の文学理論に対して新たなものを樹てたのは、一葉の時代は文学界のロマンチストたちであり、晶子のは鉄幹です。女が男と共に文学上の責任をとっていなかったのが歴史です。だから近代に到ると、そのおくれたところを逆に自由職業的につかって、女の作家というところで、文学運動などとはかけかまいなしに、いきなり文学の購買面と結びついてゆく。そのことを、進歩をめざす文学では共通な人生への態度とともに、共通な文学理論をもって女もその文学の成長のためには責任を自覚して動こうとしたことと対比させて書いたところでした。
 いつかあなたが下すった手紙の中に、ユリだって一人の婦人作家として片隅に存在して来て云々とありましたの、覚えていらっしゃるかしら。私は実はあのときは(二年前ぐらい)大変くやしいと思ったの。あなたは私を一つピッシャリやったような、ということ知って書いていらっしゃるのかしらと思いました。けれども、今自身で歴史的に見わたせて来ると、そのことが私の主観にどのようにくやしかろうと、客観的にはそのとおりであったと思われます。(しかし、又その片隅の存在と云われていることの内容として、たとえ片隅の存在であろうとも、とおのずから微笑するところもあるわけですが)
 この婦人作家の、片隅に一かたまり式存在には、いろいろ深い歴史性がありますね。非常にそう思う。一かたまりに片隅に片づけようとする何とはなし男の作家の作家以前、芸術以前のものがつよく作用していてね。それを、又女のくせに、あっち側へまわってしまって渡世のよすがとするものがあったりして。
 私いつか勉強というものの底力が大切といっていたでしょう。あのことは具体的にはこういうところにもかかわって来るわけです。本当に女の作家は自然発生的よ。ですからこの現実の中での限度に限られた現象描写に終って、それならばどこで特長づけるかといえば、「女らしさ」で色づけでもするしかないわけですものね。バックのこと、全くそうです。明瞭にそのことはわかります。前にもこのお手紙と同じ感想をかかれていましたが。あのときより今の方がきっと一層よくわかって来て居りましょう。そして、女の真の女らしさで、女をみていますし。女らしさを、男対女、情痴的な面での姿でだけ見るのも私にはバカバカしい。しな[#「しな」に傍点]をしなければ色気がないという旧式な観念は、まだまだつきまとって居りますからね。私小説でない性格は、たとえ、自分のことを書いたとしても賦与されていなければならないと思います。少くとも私たちの「私[#「私」に傍点]」は。そうでしょう?
 四月二日の速達は、二日のうちにつきました。あの日は午後からいやな会があって、夜仕事のためにおそくまでそとにいて、くたびれきっておそくかえって来たら、頼んでおいた電話のこと多賀ちゃんが一つもしていないのでいいかげん斜めになったところへあれをよんですっかり情けなくなって、それで猫をしかったでしょう、ということになったわけです。多賀ちゃんを私が叱ったのではないのよ。私があまり困って情ない顔をしたので、多賀ちゃんも責任を感じて、文楽堂へはっきりとした声でデンワかけたというわけなのです。でも、もう文楽堂はおやめです、いそぐ本は。自分たちで結局何度も行くことになったのですもの、はじめからその方がよっぽどいいわ。ですからどうぞ今後は御安心下さい。
 天然痘ひどいこと。種痘しておいて本当によかったと思って居ります。お母さんからのお手紙で六月六日にはそちらのこともあり、もし二三日しかいられないようなら却って寂しいから、せめて十日もいられるようにして来られるとき来てくれればよいとのことでした。今のところはまだはっきり申せないわけですね、何も。それから、達ちゃんの健康のことよく申上げましたら、あなたからもお話がありましたって? よくそのようにするとのことでしたからようございます。大分出発のときもおっしゃっていられましたが、それはハイと云わずには居られませんもの。でもはっきりお胸に入ってようございました。野原の方のことは、私は何もふれません。
 ああ、お菓子は紅谷で(神楽坂)ワッフルをお送りしました。あれはもちもよいから珍しいでしょう。隆ちゃんに送るものも近日中にすっかりいたしますから。今木綿のキレがないので、カンヅメ類を送る包装がうちで出来にくいのです、袋を縫っていられないから。だから三越ですっかり包装させて送ります。
 どうかいろいろのこと、お体に無理にならないように。やっぱり寝汗おかきになりますか。本当にお大切に。くれぐれもお大切に。
 私の方、全く徹夜ナシでやりました。本月ずいぶん忙しいが、これも
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