かあのひとたちのよろこぶものを送っておきましょう。お母さんにもお菓子お送りいたしましょう、サトウは一人宛十銭ですって。それも配給のあったときだけ。ですからお送りしたのでも大助りとのおよろこびです、今にそれよりはましになるそうです。
 達ちゃんから航空便が来ました由。いよいよかえる日が近づいた様子です。電報を打つと云ってあるそうですがそれは打てますまい。早ければ本月うちに任地を出発するだろうとのことです。よかったことね。全く安心です、かえった顔をお母さんはどんなに涙をたたえた眼で御覧になることでしょうね。
 そのとき私にきっとかえって欲しいとお思いでしょうが、この間手紙で申上げていたこと、考えておいて下さい。時間的には随分苦しいの。ですからもし行けばほんの三日ぐらいです。前後を入れて五日。しかしなろうことなら六月にまとめたいのですけれども。
 うれしいにつれてね、心配です。おわかりになるでしょう? 私が達ちゃんのどういう点を心配がるか。こっちで一度経験ずみだそうですから却ってましかもしれないが、もう単純ではないから、全く。すぐお嫁さん話で、もうお母さんもその一点をゴールですから、かえったら本当にちゃんとした手入れしてからでないと。よく不具な子をもったり白痴もったりしては生涯の不幸だから、そうでなくてもお嫁さんの足が曲らなくなったりしてはことですから、よくよく注意が肝要です。あるものとしての処置をすべきです。口さきでのきれいごとは誰にも通用しはしないのだから。そんなことですむ以上深刻なわけですから。
 ここまで書いて、今はもう夜です。
 おなかの苦しいのは癒って、よく夕飯をたべました。そして左腕に、もう種痘をしました。原価七厘(五人分よ)。それを薬屋では十銭に売ります。町の医者は一人前三十銭―一円とります。伝研に種切れで、きょうは五人分しか薬屋が届けて来なかった由。私のは生れて初めてのが、右に大きい紋になって一つあるきりです。つくかしら。ついたら痒くて閉口ね。その代り安心です。この間うちは人の集るようなところ随分さけて居りました。林町では浅草に近いから強制の由です。
 この頃はお忙しいから「暦」も「素足の娘」も御よみになれないでしょう。「素足の娘」一人称で書かれているものです、若い(十六七歳の)娘が性的に目ざめて来る過程、その途上におこる予期しない或男の行為。そのことから追々生活的にも目ざめて来る心持のうつりかわり。父と娘との風変りな生活。いろいろこまかいものです。決して通俗的に書かれていません。ニュアンスでよませてゆくようなものです。けれども、何だかまだまとまらないけれども、何だか感想があります、何か心にひっかかっています。このひっかかったものは面白いからしきりに考えているのですけれども。何だか変な気というかしっくりしない気というかがするところがあって。本当に何なのでしょう。いずれ又わかったら、どうせかかずにいないでしょうけれど。三人称でかかず一人称のところが、却って作者と距離をこしらえているのかとも思うけれど。眠くてしかたなくなったからまだ九時半だけれど御免なさい、ね。

 三月二十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 三月二十四日  第二十三信
 きょうは日曜日。可笑しい可笑しいことおきかせしましょうか。ゆうべは私眠たくて、九時半ごろ二階に上ってしまいました。いろいろあなたのおっしゃった詩の話や小さい泉子の話思いかえしながらすぐ眠ってしまいました。夜中に一寸目をさまし。そのまま又眠ってけさ、時計がうつ音で目がさめたの。おや何時かしら、一《ひとう》つと数え、二つ三つとかぞえ、九時ごろになったのかしらといい加減びっくりしていると、八つ打ってもまだやまず、九つうってもまだやまず、どう? 十一打ってやっとやみました。ホーホーと笑い出してしまった。十時から十一時迄は十四時間よ。びっくりしてドタドタおりて行ったら多賀ちゃんが、ホーと云って笑い出しました。どういうことになったのかと思ったのですって。私のいびきは下へもきこえるのですって。それがけさは、クーともスーとも云わないで、下りて来ないし、どうしたのかと思ったって。いびきは体か頭のつかれのひどいときかくのね。十時間も眠ってあとの四時間ぶんいびきかく必要がなかったのでしょう。何と眠ったでしょう。うれしくって。いい心持で。これで一時ごろねたりしてのことなら私はこんなにホクホクして手紙になんか書かないでしょう。気がひけているわ、きっと。ところが十時に眠ったのですから、素敵だと思います。いいわねえ。自分が可愛くなってしまいました。この間うちの疲れが出ているのでしょう。こんやも又早く早くねるの。楽しみ、楽しみ。可笑しいでしょう? ひどい風だしくたびれるのよ。あなたもお笑いになるでし
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