、竹越の『日本経済史』をよんで面白く思った、お菊という女。これは淀君の仕女ですが、当時のいろいろのそういう女の境遇をよく語っていて、面白いの、たとえば、非常に乏しい着類とか。ああいう色彩のバックにどうしてかこの女の名が出ていて、随分面白い。これは西村真次という人の随筆めいた本の中にも目次に出ていて。いつかやっぱりかいて見たいと思います。調べて。
それからもう一つ。これは大名の妻。大した美人。だもんだから、父親が政略的にあっちこっち嫁にやっては、あとでその良人――婿と戦って、敗北させて、娘をとり戻す。最後のその伝がはじまったとき、その妻は父からの脱出の使者を追いかえして、可愛い娘二人かを手にかけ自刃します。当時の強いられた女らしさというものが彼女をそういう命の終らせかたに追いこんでいる。この娘たちも女にこの世に生れて私と同じうきめを見るならば、と自分と一緒に命を終らせている。そういう女の燃え立つ心、それは単純に良人への愛ということだけで云いきれないでしょう? 心を打つものがあって、それも同じ頃(お菊と)よんだのだが、どこにかいてあったか忘れてしまって、場所が(本の)見つからないのです、武家時代のことですが。
近松なんかは義理というものに挾まれた武家の女の苦しみは描いて居りますが、その妻のプロテストは義理ではありませんものね。
さあ、こんなに種明しをしてしまって、何だか、きまりわるいこと。肝心の一番手近のはまだ何ともきまらずボー漠としているのに。でもね、歴史小説にしろ、女のかく歴史小説というものの特色はあり得るという確信はあって、やはり面白うございます。これらは何年の間に出来上るでしょう。これで案外遠いものほど近いのよきっと。つまりお菊その他が、アイヌより先になり得るのです、いろいろの点から。
ああこれだけ話して、すこし心持がよくなりました。こんな種、太郎ではないがダイジダイジで、喋らないしね。ロンドンやパリが、その女のひとの目で見られるのも面白いこと。ではどうぞお元気で。忙しすぎないように。
三月二十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
三月二十二日 第二十二信
ひどい風! 南の方の空は赤茶けた埃の色でよどんだようになって居ります。
今、妙なことして書いているの。ペンをもっている方の手首に、ホータイのあるのはけさ御覧のとおり。その上、おなかにゴムの湯たんぽをかかえこんでかいているの。変でしょう?
きょう、そこの裏の池袋へ通じる市電の停留場にいたら、風がスースーと体にしみてしみて、何とも云えない気がしたら、かえって気分わるくて、パンをたべるとすぐ湯タンポを二つも入れて臥てしまって、午後やっとおき出し、この体たらくです。
この間うち暖かったのに急にこうだから。春は荒っぽいこと。面白さと云えば云えるけれども。
あなたもどうぞお体をお大切に。この頃の気候は血を出す人の多いときだそうですね。そのことについて面白いことききました。普通の人は、ドッと出ると非常に驚愕して思わず息をつめるのですって。出すのを抑えようとする反射的な動作で。すると、そのように息をつめたあとは、どうしても深呼吸になる。そして血を戻すことになり、窒息がおこったりする由。出るときは上体を斜におこしたもたれかかった姿勢で、かるい咳で出るのは出して、そして塩水のんだりひやしたりした方が大局的な安全の由。この間その話きいて、いつか書こうと思って居りましたから一寸一筆。ハッと息をつめる感覚がいかにも実感でわかるもんだから書きたかったわけです。私には成程、と思えて。自分は、息をつめそうですから。あなたはもう身につけていらっしゃる注意かもしれませんが。
この火傷はね、十九日の制作品です。前日、二十七枚もちょっとした感想かいて、十九日の夜は星ヶ岡で座談会があって、そこからかえって、やれやれといかにものーのーしてお風呂に入って、いい心持で煙突のあっちにある歯みがきのコップをとろうとしたの、半分眠ったようなうっとりで。そしたら、自分の腕の短さ、その円さをすっかり忘れていたので、下の金具にチリッとして、本当にチリッと云ったような大きい感じでハッと目をさまし、オリーブ油をぬってねましたが、次の日われらのお医者が見てしっ布しろというので、あの形です。すこし紫色になって来たからもう大丈夫でしょう、化膿はしませんでしょう、ひきつれにもなりませんから御安心下さい。今はハンカチーフをたたんでくくっておくの。シップでふやけそうでいやなので。
それから、今夜種痘いたします。これをしないとこわくて。いろんなこと!
お母さんからお手紙で、やっぱりすこし風邪で神経痛がなさいましたって。そして前の河村の細君たちにいろいろ手つだいをして貰ったとおたよりですから、明日あたり何
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