ピアのところなんか)そのこと、思っているのよ。気にかけているの。それでそこを突こまないでしまうようなところ。大きい欠点であると思います。こういう点は悲しいと思います。私のものわかりの早いところの裏にくっついている一つの弱点です。大いに気をつけます。私はもっともっとねっちりとしなくては駄目ね。もっともっと野暮く[#「く」に「ママ」の注記]たい精神をもたなくてはなりません。もっと追求の精神を。
 世界史との連関でということは私たちの生活の感情となっているわけです。文学史なんかそうでなくてはものの云われる意味、日本文学として云われる意味を失います。年代の区切りかた。ここに云われている意味は正しいと思います。ここにも何だかいくつかの面白い話題がふくまれて居りますね。世界文学が世紀に区切って、横たての連関で各国の文学を綜合的に語る姿を考えると、そこには湧くような旺な文化の命を感じます。そのようなよろこばしいひろやかさで文学史のかかれるのは。「広場」という小説のなかで、劇場のなかの歌声に答えるように宏[#「宏」に「ママ」の注記]子の胸に「ああわれら、いつの日にかその歌をうたわん」というくりかえしが湧きあがるところがあります。
 そういう抒情性は文字の上から消されます。面白いでしょう? 今日の表情が、平板であらざるを得ないではないの、ねえ。小さい鏡は小さい鏡ぐるみ、より大きい鏡にうつして、その中で小ささを示すしかないような工合ね。
 ね、私は熱烈に考えているのよ、日本の文学の正統の歴史的発展は、この現実の世界史的な把握や描き出ししかない、と。そのような発展を、日本が自身窒息させるということは、大きい損失であることを学ばなければならないのですが。自分たちが日本を代表していると思っているような人々は、時を得たる人間の喜劇とシャブロンに陥っているから。ああ、何と私はもっと早く心の成長をしたいでしょう。ちょいとうっかりすると軽率になったりするところのない、そんな心配のない心になりたいでしょうねえ。
 野蛮への楯としてのヒューマニズムの話。ここも又、よ。自分ではそれが質的一般性に立って云われるべきものでないのは知っているつもりなのです。一般から云おうというつもりはないのです。その時代に、そのような楯ももち出されるプラスとマイナスの面を明らかにしたかったの。マイナスの歴史の断面から発生したプ
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