そう思います。同じ話でも話し手によるというはっきりした一つの実例ね。今私が同じような物語を誰からされたとしたって、そんな物語の非文学性虚構を感じずにはいられず、大方耳もかさないでしょうから。そして、それは自然で正当なのだから。そのように非文学性を見わけられるように何故なっているかと云えば、やはり単純素朴な正直だというのは何と面白いことでしょう。ねえ。いろいろな場合、一生懸命倒れと私がいうときは大体、誠意は十分なのだけれども、それを表現してゆくにふさわしい方法やその方法の一般性に負けて自身のものを見きわめることの出来ないような場合、主として自分の一生懸命倒れを感じるのです。ほら、あなたもよく注意して下さるでしょう、或る種の作品が未完成でしかあり得ないというような先入観を持つことは間違っている、と。あれね、あれも一種の一生懸命倒れよ。この頃そう気付きます。私は小説をかくときは一番ぴったりしたテーマでしかかけないようで、そのために妙に自分で自分の足の先にせきをつくりつつ進行するような意識の塞《せき》があって、これはフロイド的現象なのね。これは非常に有害です。小説における私の神経衰弱をひき出します。一生懸命倒れの雄だろうと思います。だから、これからずっと相当小説ばかりかく決心をしたのは、健全にしかしその意識の栓をぬいて溢れさすためです。フロイドは意識のなかのそういうものを性的なモメントでばかり見ましたが、それは彼の彼らしさです。人間生活の現実は遙に多様で、フロイドのとらえ得なかったモメントを、或る作家は歴史的に感じるのです。人間は生物的生活ばかりでないからこそ、云わばフロイドが解いてやらなければならない女の心理的重圧もあるのだから。
 そういう意味で、私は来年へかけて出来るだけ努力して、小説もある精神の栓を内部的な沸盪でふきとばしたものにするところをたのしんでいる次第です。
 こんな作家としての心の生理、面白いでしょう? 同時に何か教えるところもあると思います。かりに私が、作家というものに対してその人々の正当な成育を促そうとしてゆく場合の扱いかたのような意味で。そういう場合を考えると、いかにすぐれた文芸批評家、評論家が存在しなくてはならないかということを痛感いたしますね。個々の状況に文学的に通暁した人がいります。あらゆる部面でエキスパートが要求されるように。このエキスパート
前へ 次へ
全295ページ中228ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング