ません。これから見つける分。
この時代のものは、概して小さいあるときの心理というようなものをとらえている作品が多うございます。まとまっている。でも深さが十分でない。題材がそういうものであるところもあるけれど、やはり作者の生活眼、生活感覚が、環境的なものに支配されていると感じます。能才者という調子があります。上すべりしているというほどではないけれども。そして今の自分としてはその能才風なところが気に入らないわけです。
現在の私は、小さい枠に、どっさりのものを含ませたり盛ったりしようとして、未完成なものを書く傾きがありますが、それらの作品はどれもそれぞれにその世界をもってまとまっていて、つやがあって、小市民の善良さ、かしこさのつやをもっている。狭さがわかります。「顔」「伊太利亜の古陶」「小村淡彩」などは題材は面白いのです。気持も一寸とらえているけれど、生活の息が不足しています。あくどさがない、いい意味でも。濃い色とつよい息がありません。破れたところがない。その頃私は芥川の作品が殆ど大部分一種の作文だということを、理解していなくて感覚で反撥してだけいた、そのことがよくわかるようなものです。少し気持がわるくなったからもうこれでおやめ。本当にお気分はどうでしょうね。
八月十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
八月十一日 第五十五信
きょうの御気分はどうでしょう。さむいようなむすような天気ね。すこしはお落付きなさいましたか?
きのうの「ひどく心配しなくていいよ」という気持と苦笑との交りあった極めて複雑な表情が、目にのこっていて、やっぱりこうして手紙かきはじめます。
ほんとにどんなかしら。お眠りなさいましたか。
専門家のこと、いい見当がつきました。おめにかかって申しますが。非常にふさわしいと思われる選定です。月曜日にいろいろこまかくお話しいたします、まち遠しい。
この天候は一般に大変こたえているようです、いろんな人が調子をわるくしています。きょう『都』をみたら保田で稲ちゃんが急病で、鶴さん看病に行ったと出ています、何かしら、扁桃腺なら大したことないけれど。でも扁桃腺は腎臓になるからどうしたのかしらと心配です。あのひとも過労つづきですから。朝鮮旅行で随分無理した揚句だったし。
私の眼の方は、きょう左の方に乱視の度の入っているのを入れかえて見ました
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