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 八月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 神奈川県国府津町前羽村字前川より(芦ノ湖及び元箱根風景(※[#ローマ数字1、1−13−21])、宮ノ下全景(※[#ローマ数字2、1−13−22])、湯本温泉全景(※[#ローマ数字3、1−13−23])、玉垂の滝(※[#ローマ数字4、1−13−24])、箱根神社の森(※[#ローマ数字5、1−13−25])、箱根町全景(※[#ローマ数字6、1−13−26])の写真絵はがき)〕

(※[#ローマ数字1、1−13−21])こちらは八十二度から四度です、東京も余りちがわないようね。何しろ一家総出ですからなかなかの賑わいです。泰子、太郎めっきり元気で泰子はやっと食欲が出た由。私は空気のいいのとお客のないのとが何よりで、ついた日は午後二時間も眠って又早く熟睡いたしました。眼はやはりこの度でいいようです。遠く遠くと水平線をながめて居ります。
〔余白に〕全部で六枚つづき

(※[#ローマ数字2、1−13−22])きのう(七日)は、珍しく私が来たというので国、咲、太郎、私、従弟の紀という一行で午後から夕刻まで箱根まわりをしました。始めて通ったところで仙石原というところがひどく気に入りました、高原的な眺望で。これも初めて芦の湖を小さい汽船で渡りました。仙石原を通ったとき、私の心に一つの遠い夢想がわいて。きっとあなたのお気にも入る風景だったものだから。そこのエハガキがなくて残念です。

(※[#ローマ数字3、1−13−23])こちらもいろいろの生活資料が統制でおかみさん大苦心です。砂糖、炭、米、東京で切符のものは(マッチ、砂糖)こちらではどうしても手に入りません。これから来るのならば、みんな持参というわけになります。魚も十分でありません。ここは所謂避暑地でないためにこういうときは不便ですね。保田の稲ちゃんもショーユを買うのにいい顔をされないと云ってよこしました。

(※[#ローマ数字4、1−13−24])本をよまない覚悟でいるので、子供まじりに何だかだというのは却ってよいかもしれません。紀というのは黒鯛釣りに夢中です。太郎がそれにくっついてゆく。私やああちゃんは、赤子《アカコ》と森閑としたあの食堂のところで風にふかれます。けさは太郎とお恭ちゃんとをつれて海岸へ出て一寸遊んでいたら、雨が落ちて来ました。頭の苦しさ大分直りました。左の目も馴れて来たよう
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