そんなことはいいわと云わなかったもんだから、あの人らしく親切気から妙にこんぐらかったのだろうと思います。
 私が疲れたということより、妙な話の出されかたが不愉快でいらっしゃるのはよく分りますが、元来はそういういきさつなのよ。
 こんなに頭が変という疲れかた初めてだから、私もすこしびっくりしたのです、勿論ぐたぐたな気になっているのでもないし、只早くこんな目まいなんかなおしたかったわけです。佐藤さんにきいたら、私が珍しいというのが珍しい方の由。頭をつかう人の疲労は大抵そういう形の由、私がふだんひとより丈夫で、生活に気をつけているため余り経験がないのだろうとのことです。だからどっさりたべて、よく眠って、すこし用事へらして(会やお話のことをことわって)休めばいいでしょう。土曜日には、すこし風邪気味ではあったのですが、全くあんなこと初めてだったから。今もまだ幾分クラクラです。
 国府津のあの長椅子のこと思い出したりしてね。何だかあの上へ丸まって眠ったら癒りそうな気がしたりして。私が疲れを出すと、半徹夜、不規則とすぐ結論づけられますが、半徹夜なんかで、この程度続くものではないのよ。現実の問題として。普通のひととちがう生活の条件で、昼迄寝ているということはないのだから。
 でも、きのう、あなたが、何となく頸の毛を立てた鷲のような彫刻的な顔つきで、私の疲れを承認なさらなかったとき、悲しいようでしたが、やがて面白くなって、その気持は今もつづいて居ります。疲れを承認しないこと、承認しない疲れを、生活の中に生じさせないようにやってゆくこと。つまりそれですから。随分その分量は減っているのだけれど、一年に一度はちょいと出して、三十一日のお手紙のような印象になるのね。あの手紙だけ切りはなしたら、マア私の生活というもの、考えかたというもの、何という惨憺たるものの如くでしょう。私の小市民的敏感性なるものも、あなたへの映りかたに興味をもちます。こういう表現で云われるときには、現実のこまごました場合のなかで、私のそうでもない気質で同じ対象に向ってされているあれこれのことは消されて、その面と思われる点だけ、あなたの印象に甦るのね。常に同じことが甦るのね。それは何となく不思議のようです、そのところだけが、様々の他のいろんな事実によって流動を与えられないまま固定されているというのは。実際はそんなに膠着しては
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