)私に幸福論という本をまとめないかという話なの。まあ今とりかかれる仕事ではないから別に約束いたしませんけれども、私はこれはあなたに早速報告しなくては、と思ったの。だってその人が云うには、自分の生活に一つのまとまりをもっていて、そこから私なら書けるという気がしたのだそうですから。いろんなものをよんで。このことは大変愉快と思うのです、私たちとしてやはり愉快と思うの。そうでしょう? 私がそういう風に生活的に充実して、生き生きとした所謂《いわゆる》幸福について語れる者という印象を第三者に与える存在として生きているということは、私として、第一にあなたに語りたいことであるわけでしょう。そういうことから、私は自分の幸福の源泉を新たに感じる感動を押え得ませんもの、ね。ここには何か一寸には云い表し切れない複雑な美しさの綜和がこめられているのですもの。そして、一般的な場合としていうとき、そこにある人間の高さ、美しさ、こまやかさ、絶え間のない心くばりの交流について、そのほんの一部分のことしかふれ得ないのですものね。何だかなかなか面白い。きょう寿江子来たからその話したら、すぐ「ああ、それはきっと面白い」と申しました。でも勿論いくつもの仕事があるのですから、今にのことですが。武者の幸福とは又おのずから異ったものですから、まあいつかのおたのしみ。
 十九日づけのお手紙をありがとう、あれは二十日につきました。小さい離れのことは、お母さんもお考えですが、裏が新しい道路でへつられる予定なの、ですからもう何年かしてその辺の様子がすっかりちがうことが決定してでなければ建てられません。お寺の田ね、あの田とうちの間に小さい溝があるでしょう? あすこを越して無花果《いちじく》の樹の方がいく分入って、ずっと高い道が出来るのだそうです。そしたらひどい埃で住居にはやり切れますまい。
 達ちゃん、そろそろ落付いたでしょう。達ちゃんたらね、髭すり道具をもっていないのよ。安全剃刀がないの、不図思いついて、いつかの行李の袋に入って来たのを思い出し、ひとにやるのは私いやですが、達ちゃんだからお下りを特別の思召で使わしてやろうと思って送りました。ザラザラだったら可哀そうだもの、片方が、ね、これも姉さんの思いやり(!)
 感想集は傍題なしでやって見ましょう。表紙は寿江子がクレオンで旺な夏の樹木を描いたのをつかいます。なかなかリッ
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