ちのいがみ合いからぬけた気持で、人間の生活というものを考えてちゃんと成長しなければなりません。
 きのうから梅雨期に入ったのにこの照りつけかたいかがでしょう。まるで逆に照りつけているようね。うちの井戸水はまだかれませんけれど大恐慌よ、あちこち。もし今年雨がよく降らなければ、と皆愁い顔です、苗代は枯れませんが、これでダーと降ったらすぐぬかないと根がくさるのですって。それ田作り、植かえと大変ね。どうかして降ればようございますが。島田の川は私が初めて見たときから岸の茂みを洗ってひろくたっぷり流れていたのに、この頃は底が見えて居ります、土州が出ている、これは水源池を工場でこしらえているからですって。下の方の田はちっとも水をうけないことになりつつあります。しかし地価は上りますから、それで満足しているそうです。土地を買い上げられた人々は、皆大きい家を建て、それを抵当にしているそうです。そこへ下宿人をおく算段である由。一円何十銭坪で手ばなしたが、今は建てるに坪当り倍の経費がかかりますから。すぐそばに勝手に土地売買しているのは五十円などと云い、村のあらましも様々ね。
 さぞお母さんお汗でしょうから、今お湯をたきつけたところです。今度は吉例ユリのふろたきも只一度ですが、今年の薪はよく燃えてよ、実に見事にもえます、一年越し乾いているわけですから。雨よふれふれ。冬乾いて寒さが特別であったように、乾いた暑さは又格別のことになるでしょう、さア今日は十二日よ。あした朝九時四十二分出発よ。その汽車は東京に向って走るのよ、では。

 六月十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 きょうは大分体が大儀らしい御様子に見えました。どうでしょう、大変おつかれになりましたか? 珍しくハンカチーフで顔を拭いていらしたし、セルだったし、何だかすみませんでした。すこし暑すぎて猶体が気分わるくいらっしゃるのではないかしらと思って。きっとそうだったのでしょう、おなか[#「おなか」に傍点]でくたびれていらっしゃるし。ずーっと体を曲げて立っていらして。体の工合のよくないとき、いつもそうなるのね。それで私にわかります、ああきょうはどんな工合かということが。どうかよくお休み下さい。単衣もう送りましたが。
 十日のお手紙かえってみたら着いていました。ありがとう。そちらへ行ってやっとすこし休まった気になって、かえって
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