下げ終わり]
六月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 山口県島田より(封書)〕
六月九日 島田からの第二信
さて、又つづきを。
島田宛の三日づけのお手紙ありがとう、案外に早く五日ごろ頂きました。
あなたが達ちゃん宛におかきになった速達を、着いたらすぐ読ませて頂きました。本当に懇ろにいろいろおっしゃってあり、達ちゃんも様々に考えましたろう。夫妻ということについてあのひとはいろいろ、あちらにいる間も考えて来たようです。どういうことが夫婦として最大の不幸と不安であるかということも沁々とわかってかえったらしい風です。周囲で、その不安が非常に語られて居り、現実のこととしても多くあったらしく。
きっとちゃんとやってゆくでしょう、ちゃんとしたそして十分愛らしい娘さんですから。お酒のことだって、本当よ。でもあなた迄それを仰云るのは、きっと多賀ちゃんお前が喋ったからだろうって、お母さんお叱りになった由。面白いわねえ、私たちには何とどっさりのことがかくされて体裁をつくろわれて在ることでしょう、そのこと考えると、可笑《おか》しいやら妙なやら。健康のこと、結婚話がきまってから証明書のようなものを貰ったそうです、お母さんのお話。見たところも日やけ酒やけしているが、達ちゃんごく丈夫そうですからいいでしょう。
昨夜は富ちゃんとすっかり話してね。ここの家へ来て座敷へ通ったら紫檀の卓の上に、まるで七八十歳の爺さんでもいじりそうな、ろくでもない小さい茶道具がずらりと並べてあってね、私は何とも云えず物哀れを感じました。だって、昼間は土まびれで火薬だ土方だと、巻ゲートルで働いていて、うちへかえれば母と小さい妹とだけで、そしてこんな古道具屋のまねみたいなことしているのかと思ったら本当に哀れになってしまった。富ちゃんの気持もずっと二半でいたらしいのです、この頃は。
でも、この家の人たちの気分というものもなかなか一つあります。何というのかしら、小父さんがずっとああいう生活で、まともな道を日々ちゃんちゃんと踏んで生活して来ていないから、こういうことに対する一同の態度も、どこやら自主的にテキパキしないで、一つの力が常に家庭に欠けている。モティーブのはっきりしない日々なのね。だから小母さんなんか富ちゃんに対して、ハラハラハラハラしながら口では二言めには、きもやき息子と云って、しかも息子にこきつかわれてい
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