らしい字をかきます、お父さんはワイオミング州にいるのですって。でもやっぱり何を商売にしているのかは不明です。お式のとき私がお母さんに挨拶して「あちらは、何をおやりです。木材か何かですか」ときいたらお母さん「さア何と申しましょう」と云うきりなの。これもなかなか面白いでしょう? この辺ではアメリカへ行っていると云えば金を儲けるために行っている、でもう何もきかないで、安心しているのですって。だから私もきかないことにしました。何をしていたっていいのに、どうしておかみさんも云わず仲人も知らずで、それですんでいるか実に愉快です。姉と妹と弟で、弟は中学を出てやはり父の方へ行った由。
 昨夜は大笑いよ、皆二人ずつでくつろいでいると、お母さん、岩本の小母上(これは島田の家)、私と多賀ちゃん(これは野原組)、あちらの若夫婦。やっとめいめい吻っとしているのでしょう。私はきょうはやっといつもの皮膚になりました。お式のときの着物、真新しいのが帯の下すっかりちぢんでしまった。何しろ大したお辞儀の数ですから。これでもまだ簡略の由です。あたり前だと次の日即ち七日にひるは女客、夜は男客で、ごったかえすのだそうですから。
 きょうあたりはきっとお母さん何となしおねむいでしょう、さぞつかれが出たでしょう、何しろ話がきまってから十二日間というスピード婚礼ですから。お嫁さんはもう家へ来たひとという心持でいることがよくわかります。決してどうかしらとは思っていないわ。お里のお母さんには、私たちのお土産としていいパナマのハンドバッグをおくりました。
 お嫁さんにその兄夫婦からおくりものをするというようなことは例のないことなのですって。ですから大変およろこびです、かいぞえの髪結さんは、これ迄何百のお嫁さんをお世話したが云々と、盛《さかん》にここの花嫁の幸運を讚えて居りました。二人とも互が気に入っているらしいから何よりです。お里がえりに出かけるとき、達ちゃんのお仕度がかりは私でね、いいネクタイもって行ってやって、林町の銀のバックルとともに大いに光彩を添えました。コードバンの靴にスフ入りの背広で、万年筆はチョッキの胸ポケットへさすものと初めて会得して、颯爽《さっそう》と出発いたしました。
 この分はこれで終り、つづけてもう一つかきます。

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[自注2]組合――隣組のような町内の組合。
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