しない切符です。この紙の六つ切ぐらいのに、卒業証書のように東京市の印が朱で押してあって、面白いものです。こういう種類のクーポンに儀礼の様式がいかにも日本らしいところで。一ヵ月ずつ隣組でくばるのでしょうか。隣組の責任者の用事も尠《すくな》くないわけです。
 私は購買組合ですが、そういうところから物を買っていないところは、例えばふだんとっている三河屋というような店へその切符をやるのです、三河屋がその切符をまとめて、市へかえすのらしい様です。店もそういうクーポンによって配給をうけるのですから。もう島田へお砂糖もお送り出来ません。
 私が立つ迄に、お手紙がつけばいいこと、あやしいかしら。
 寿江子は七日にそちらへ上ります。私はいろいろのコンディションから、きょうは本当にくたびれていること。これからすこし横になりましょう。あした汽車にのりこんで、スーと動き出したら、どんなにヤレヤレといい心持でしょう、さぞさぞ、眠ることでしょうね。となりがたかちゃんで本当に気が楽です、体のうしろへ脚をのばさせても貰えますし。野原へ息ぬきにゆくのもたのしみです、変った町の様子や、お嫁さんの可愛さや、又こまかく申上げます。どうぞおたのしみに。

 六月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 山口県熊毛郡周南町上島田より(封書)〕

 六月九日  島田第一信
 ここは野原の家の座敷の廊下です。気持のいい海辺らしい風が吹いていて、同じ廊下のところにおいてある机で冨美子が宿題をしています。すぐ庭先の鶏舎の朝鮮人の長屋で子供がヤーヤーヤーとないていて、母親が、パアパア何とかとこわいような優しいような声を出して薪をわっています。多賀子はとなりの部屋で虹ヶ浜駅へ特急券をかいにゆく仕度をしていて、富雄さんは昼寝にかえって来ているところ。
 ゆうべは初めてゆっくりたくさん眠って、きょうは何と久々にいい心持でしょう。ずっとお元気? 手紙いつ来るのかと思っていらっしゃるでしょうね。
 さて、三日に立って四日朝着いたら、駅に達ちゃんが出迎えていました。すっかり肩や胸に厚みが出て丈夫そうに艷々《つやつや》した五分苅ボーイです、背はあなたとおつかつよ。家へついて見たらもう御法事の仕度でごったかえっています。台所じゅういろいろのものを並べて。十一時からお式が始り。山崎の小父さん、富ちゃんなど、野原の小母さんも見えました。お祖母さまの十七
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