初年(二十年以前)をすこしかきたして、それでまとまります。秋、本に出来ます。これはいつかいただいた題よ、『近代日本の婦人作家』ちゃんとしていていいこと。
 そういえば、私が本のうしろに捺す印を黄楊《つげ》で手紙の字からこしらえて、いつか押しておめにかけたの覚えていらっしゃるでしょうか。あれいいでしょう? 一生つかうように黄楊にしたのです、水晶ではわれますから。一番はじめ父がこしらえてくれた真円の中に百合子と図案風に入れたのはかけて、輪がかけました。
 こんどは野原へ泊りに行ってからでないと手紙かけませんでしょう、だって二階は若御夫婦の巣ですから、下にいるのだから、キャーキャーパタパタシュウシュウ(これはポンプの音よ)ですものね。お風邪めさないように。さ、又はじめます。ここの電燈はすこし暗いこと、夕飯はかえってから。では出かける迄に又。
〔欄外に〕ここにいるとお客のないことだけはたしかで、一安心ね。

 六月二日午後 〔豊島区西巣鴨一ノ三二七七巣鴨拘置所の宮本顕治宛 豊島区目白三ノ三五七〇より(封書 速達)〕

 六月二日  第三十六信
 きょうはむしあついこと。その上、私は何と上気《のぼ》せていることでしょう! 世間では二兎を追うべからずと申しますが、仕事と、本を見つけることと、旅行の仕度と三兎を追っていて、到頭ネをあげて、『文芸』のつづきはのばしてしまいました。一日図書館が休業であったためにこの始末です。しかし、今夜眠らずそれをかいて、又明夜は汽車の中ですぐ御法事で、その次の夜はどうせ家じゅうそわついているというのよりは、却って今夜どっさり眠るのがよろしいでしょう。『セルパン』のも到頭なげ出しました。でもまアようございます。今印刷屋へ電話をかけて、そのこと云って、一息ついたところ。
 本のこと、実に思うにまかせません、今夜音羽へ行って、よく説明して来ます、明朝は行けないそうですから。富士見町の方は三日午後より七日迄留守の由です。
 私は十三日のうちにかえります、広島を夜中に通る特急にのって、こちらへは十三日の午後につくことになりましょう。
 きょうは、四日迄に砂糖とマッチの切符を購買組合にやらなければならず、おミヤさんではだめ故、手紙で送る手筈をし。うちは家族三人でマッチは普通の形の一包みです。砂糖は〇・六斤一人|宛《ずつ》で、一斤八です。これは別のところでは通用
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