おりて行って、お茶をのみながらそんなのを読むと、文章で云えば小品文のおけいこですが、単純で未熟だが、やっぱり興味があって特別な心持がします。プーシュキンの詩が、その北方的なものが一番ぴったりすると云っている。寿江子が、例えばストコフスキーという人の指揮ぶりの非本質性を本能的に見ぬいたり、ストラビンスキーという、日本の現代作家80[#「80」は縦中横]パーセントがその亜流であるような在フランス作曲家の非音楽性を見ぬいたりするところは、健康な資質で貴重だが、その健全の可能が、どのように伸びるか。そこには又おのずから私とちがうもちものもあって、一般音楽会のレベルの、文学と比べられぬ低さとの関係もあって、なかなかむずかしいことです。
 今夜はこれから届いたものをよみはじめます。
 明日、林町へゆく前に一寸まわりたいけれども、儀式だの青山へ行くことだのでもし疲れそうならばやめて、予定どおり三十一日におめにかかります。大衆小説のようと云っていらしたのもよみ終るでしょう。
 二月になったら二日おきぐらいにきめて又御出勤をはじめます。それから一日おきにして、遂に再び毎日という工合に。勉強や執筆などは、
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