から。それにしてももう僅かのことでしょう。多分もう一週間以内だろうと思います。午後は大体ずっと椅子におきて居ります。両足の踵と左脚のふくらはぎとが、体の不自由だったとき何か筋の無理をしていたと見え、しこってしこってひどくくたびれているだけで、歩くのも傷のところがつれる感じはごく微かです。これがすっかり直って、すっかり軽くなったらどんないい心持でしょう。どんなに軽々といい心持だろうと思うと、私は一つの夜の光景を何故か思い出します、屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》思い出します。茶色の外套をきてベレーをかぶって、夜の道を急に崖下に家の見えるような坂道にかかったときのことを。すべりそうでこわかったとき、つかまっていいよと云われたときのことを。すこし勢がついて足が迅《はや》まると崖から屋根屋根をとび越してゆきそうな気がしたときのことを。不思議にこわくて、不思議にうれしかったときのことを。
 ふらふら読書の道すがらアメリア・イヤハートの「最後の飛行」をよみました。一九三二年頃単独で大西洋横断飛行をしたり、多くの輝かしいレコードをつくっていた彼女が太平洋を横切って世界一周飛行の途中、ニュ
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