ます。ゆきちがいに。この手紙(二十七日づけ)は私の返事見てからでしょうか? そうではなさそうでもあります。たまでなくても折々が大変結構です。健康上非常に有効です。精神は休められ新たな活気とよろこびに満たされて血液循環がよくなります。薬味《やくみ》というものは常に少量ですが、絶対に必要です。味覚の発達しているものたちにとっては特に。そうでしょう? 書いていて不図思いついたのですが、二十四日に出した手紙、二十八日に着いたのではなかったでしょうか。もしそうだったら、電報をうって下すったことについて何かお礼を云いたい気がするけれども。
さて、交響楽的生活の美しさ、豊富さ、消えぬ輝きについて。そこには全く、最も充実した、精神の力づよい生きものとしての人間の自然さが荘厳な天真爛漫のうちに開花されていると感じます。その美しさ、微妙さで感動から胸をしめられ涙を流すときもあり、全身をもって呼ぶことがあるが、本来の透明さ、よろこびに曇りはなく、涙そのものにしろ、たっぷりと暖い雨の奇麗さをもっています。それも一つの交響楽的※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]リエーションです。
あなたが、不合理に体をわるくするなどとは考えていないよと仰云るように、私もそんなこと思っていなかった。
連作手紙について、ありがとう。ここにとりあげられている点は興味ある点です。日本のいりくんだ生活のなげる様々の影は一様でないから、今日という一日のうちに、女大学式なもの、それから羽ばたき出ようとするもの、更に種々の程度で頭だけ、或は胸ぐらいまで或はやっと片脚のところ位迄、第二段目の歴史性から成長しかかっている者が、いりくんでいるし、一人の人間のうちに三つの歴史の時代が実に雑多な形でぶちこまれてもいる。女の生活においてこの三時代の錯綜の形は実に独特であって、この点をはっきり描き出す作家果しているやと思う位です。新しい生活を目ざしている女の生活でも、より高いモラルの創造、到達を日常生活で貫徹しているという場合はごく少いのは事実です。あっちやこっちが古いいろんなものにひっぱられる。客観的に、現実生活の諸関係のうちにある旧いものがひっぱっているから、相当に引きのつよい性格でも、決して図面で計ったようにくっきりとした一本の線を、でくまひくまなしにスーと押し出せず、皆えっちらおっちらと先ずこっちを出し、さて次にこっちを出しとやってゆく。そうやってゆく根気がつづくか、息が切れるかというところが、かね合いのようである。
私の特長となっていた傾向として、第二段目から次への成長の路が、古いものの投影ではっきり見られなかったということ(名のことの場合など)実に、今明瞭に自身批判され得ます。それから又より高い規準にてらしての節度あるモラルの必要ということも。周囲の客観的な条件へのはっきりした目、そして処理、自分の生活で一番大切なのは何か、それとの関係においてどう評価されるべきことかという見きわめ、それらが明瞭につかまれていれば、自分の人のよさなんかに我知らず甘えなければ、無用の混乱は生じないわけです。この点でも相当学んだと思います。それから、前に退院したときのマイナス的状態のことも、今は主観的な気持をぬいて見られるから、ここに云われていることをその通りだと思います。
いつでもそうであるけれども、今は、一人の人間が手ばなしだったり小主観にいい気になっていたりしては、迚もまともに生きられない時代です。文学のありようからにしろそのことは犇々と来る。作家として謙遜に、人間らしい健全性を希うことからがすでに全面の摩擦にさらされる時期です。ユリが、私という歴史的主語について、非常に考えぶかくなり、疑問を抱き、自身を嘗てはゆたかに、つよくあらしめたが、その時期は去って、これからは引とめ材としか役立たないと腹から感じるようになったことは、総ざらい会話の何よりの宝です。木の芽に、先のとがった一点があって、成長がそこを中心として見えるように人間の成長の真のきっかけというのは、平面的なものでなく、集約的であって、核がある。原形質のようなものを突くか、そこをはずれているかで、刺戟の効果は違う。そのようですね、ユリは、その点で「私」をつかまえたこと、つかまえるようにしていただけたこと、それを心からよろこんで居ります。これはこれから先、相当の期間つづく中心的点で、しっかりとらえてはなさぬロック・クライミングの足がかりとしてゆけば、きっと眼界はひろがり、身は高きに近づけるでしょう。自分を撫でまわすことをやめてきつく云えば、節度ある規準への敏感さのゆるみ、客観的条件の不十分な把握、真の自主性のずりなんかは、いずれも、「私」の変化した現象形態だと思っています。あなたは知っていらっしゃるでしょう? 日本の過去の文学は、その
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