の皮はどこか一ところにしろピリといって、今はたのしみなところがある。いつからか文学の仕事にふれて、私はよくもう一歩のところが云々と云っていたでしょう? 二年ぐらい前から。覚えていらっしゃるでしょうか。本能のようなものが、おぼろげに何か感じていたのですね、考えて見れば。角度が(掘り下げてゆく)その頃つかめなかった。前へ前へそういう風だった。前へではなくて沈潜の方向が必要であったわけでした。生活の内容に文学上の技術が追いつかないように感じてそのことを手紙でかいたこともありましたが、ああいうのは、やはり正当に見ていませんでしたね。文学的技術は完全ではないが、そう片言でもないので、生活の内容を金《かな》しきとすれば、正しい力の平均でしっかり鎚がうちおろされていなかったからであると思う。ユリにもう一押しというところが欠けているように思われるが、というあなたの言葉は一度ならず云われていて、その都度そのときの理解一杯のところでは考えていたが、それも今にしてわかった、というところがあります。人間の成長は何とジリジリでしょう。そしてリアリスティックでしょう。
きょうは曇りました。火鉢なしでこれをかいているとテーブルの木肌がひやりとします。テーブルの上には友達がくれた桜草の鉢と紫スミレとがあってあとはキチンと片づいて居ります。そろそろ勉強の気分で。
中野さんのところの赤ちゃんは二十七日が生れる予定日だそうですが、重治さんはまだ一本田です。お父さんを金沢の病院に入れるためにいろいろやっているそうです、病気は老年との関係でしょうが、手術を必要とする摂護腺肥大で癌のおそれある由。泉子さんは大塚の病院で生むことにしてあるそうですから安心です。おそい初産ですから注意がいります。
あなたの風邪、どうぞ無事終了のように。こちらから、ただそういう表現でしかあらわせないから。毛糸のシャツ着ていらっしゃいましたが、あれは今召したらもうすこし寒気がゆるむまで脱いではひきかえしますね、きっと。二月も四日ごろ立春でしょう。三月に入るといいこと、早く。空気の肌ざわりは二月下旬でもうちがいますものね。バラは何色でしたろう。フリージア、珍しくいい匂いでしょう? さっぱりしたいい匂いかぐと眼の中が涼《すず》やかになるでしょう。袍着《わたいれ》のこと、ああ云っていらしたので気にかかります。悪寒がなすったのでしょうか。今でもスースーですか? 呉々お大切に。お願いいたします。二十七日にね。
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[自注2]懐しい物語――ながい年月の間には、いくつもこういう詩集がやりとりされた。書いたものと書かれたものとの間にだけ発行された詩集。
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一月二十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
一月二十九日 第十信
二十七日づけお手紙をありがとう。昨日栄さんが、二十五日にあっちへおかきになった手紙見せてくれて、全く通俗化した一作家が「成長」という小説をかいているのには一笑したという意味のところ、思わず大笑いしました。あれも愉快なお手紙でした。
力がついて来たこと、はっきりわかりますか? もう大分予後の弱々しさが神経からもなくなって来て居ります。二十七日には往きは目白の往来で拾って乗りましたが、かえりは大通りまで歩いて、バスと電車でかえりました、初めての試み。埃が余りひどくなければ、寒さそのものはもうこわくありません。永い間、バスなどにのっていて、ドスンとはねると、あ、と脇腹をおさえたい心持でいたから、この頃、すこしドスンとして、神経だけ習慣ではっとするが、おなかの中はちっとも痛くないので不思議な位です。本当に今年はいいだろうと楽しみです。腹の中から不断に毒素を発していたものがないというのはきっと大したちがいだろうと思われます。今のところまだそれほどにもないが。傷のあとなど劬っているから。傷そのものは小さい七八分のすこし赤みがかっている十字で、この頃は肉が凹んでいたのも殆どなおり、仰向にねたり、おふろに入っているときなどすっかりすべすべと平らになりました。傷の上の方に何かまだしこりがあって、それを全くちらしたら完成です。
きのうは電報ですこしおどろきました。記録料など出来上れば当然こちらへ請求するものだからそちらへ請求するわけないのに、どうしたことかと思ってすぐ電話かけてきいて見たらば、旅行中でわかりません。今日かえる由。そちらへ求めて来たのではないでしょう? 出来上れば勿論すぐ支払います。ただ、出来たらすぐ支払えとおっしゃるわけだったの? それなら電報はおうちにならなかったでしょうね、よくわからない。今夜でも又電話して見ましょう。
二十三日は本当にありがとう。二十五日につきました。返事もう今ごろ見ていらっしゃるのでしょうと思い
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