カの本お送りいたします。もう一つ問い合わせの返事はまだですが、いずれこの次までには。
 ユリは目玉パチクリです。炭が炭やになくなったから。愈※[#二の字点、1−2−22]衛生的生活ね、この冬は。余り炭火がすきでないから助かりますね。ではどうぞお元気で。あした太郎イモ掘りなのに雨で可哀そうに、お流れでしょう。今九時打ちました。さアさア、では。

 十月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十月十四日  第九十五信
 何という目ざめの心地だったでしょう。ここの門のわきに一本木犀の木があって、これまで花をつけたことがなかったのに、ゆうべ見たら黄色の濃い花を葉がくれにつけていて、かすかな秋の花の匂いを漂わしていました。S子さんが「あら、いいことがあるわ、何か」と云いました。その一枝を小さく折って来て、机の上の壺にさしてあります。匂いというほどの匂いはないのだけれど。きょうはいいお天気。髪を洗います。橙《だいだい》のつゆをしぼって髪をゆすぐ水に入れます。ベッドの日向にはあなたの着物やかけぶとんやがほしてある。きょうは、もう一つと美味しがっていうのに、ああいいよと答えられているなかから明けました。その声は、いまどっち向いても聴えます。何というまざまざさでしょう。ああいいよ、そうお? ああいいよ、そうお? そうお? その声について行くと森の中にひとりでに入ります。小さい草原があります。その柔かい草の上に顔をふせると、いかにも芳ばしい。じっと顔をふせている。草の芳ばしさは、若々しい樫《かし》の樹かげをうけて、益※[#二の字点、1−2−22]たかく恍惚とさせるばかりです。樫の樹は無心です。でも、それは、我知らない悦びにあふれていてね。雲の愛撫のなかにたっています。雲と軽風とはそういう美しい樹を見つけたうれしさに耐えがたいという風に、そっと幹を吹きめぐり、雲はやさしく梢を捲き、離れ、また戻って来て変化をつくして流れています。そこには微妙きわまる音楽があって、二つの声のリフレインが響いています。あたりは金色の日光です。
 私はその金色の光をあなたに上げようと思い、両手のなかに掬って、大切に、いそいでゆきます。いくらかは指の間からこぼれて、道の上に金色の滴《しずく》をおとしているようです。でもそれは致しかたないわ、ね。あなたには、私がいそいで、しかしこぼさないように、自分の
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