A自然科学に入口の知識をもっていて、評論家にそういう知識をもっている人の例は尠ないと云って賞《ほ》めている人があるけれども、彼の人間生活の有機的な働き掛けの力を見えなかった欠点はなまじっか彼の科学性[#「科学性」に傍点]にあったわけです。そう云えば晨ちゃん[自注30]が病気再発で満二年絶対安静を云いわたされたそうです。中央公論は月給を払うそうですが。見舞の手紙を出しておきました。可哀想に。考えかたは現実にまけて妙な風だけれども病気は可哀そうね。国男今夜は袴羽織で坐っているわけです。では又。どうぞお大切に。
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[自注30]晨ちゃん――片上晨太郎。片上伸の長男。左翼的活動にも関係していたが、肺結核で戦争中信州追分にて死去。
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九月十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
九月十七日(十一日づけの次です) 第八十九信
机の上のタデの花は、部屋の空気でむされてしおれてしまって居りますが、私はパッチリやで上機嫌です。そのわけは、十月初旬迄の忙しい間も林町へはゆかず、ここにいられることになったからです。おミヤさんが、本田の家からこっちへかえって来て、ともかくその間いるように協定がつきましたから、林町と。午後来ました。おミヤさんというのは生来の愚善に、庶民のすれと消極とを身につけたひとで、可哀そうな老女ですが、一緒にいるのは平常の心持ではなかなか辛いのです。けれども今はそんなことにかまっては居られず、よろこんでいるという勝手な次第です。しかし私は、ここでともかく一人の人がいて、勉強出来てどの位うれしいかしれません。
土曜日には、いろいろと濃やかに心づかいして下すってありがとう。大変にうれしい心持でした。それに、読書のことも。
何となし休まってたっぷりした心持になって、ふと気がついて、ああほんとに、これが幸福という気持、と思いました。
御注文の本のこと、二三日うちに揃いましょう。合本にしている方がもしかしたらおそくなるかもしれませんね。達ちゃん、隆ちゃんには荷造りしました。きょうが日曜だったので明日出します。お菓子とおかずを入れてやりました。本のほかに。隆ちゃん、又「銃後の皆さまのお志」という手紙くれるかしら。グラフィックなどで馬の口をとって河を歩渉しているようなところを見ると、特別な心持がいたします。それは
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