Aその先にもっと知らない大きいことがある、もっと興味ある何かがある、その何かが漠然と感じられるような、そういう面白がらせかたを覚えさせてやる大人は少ないものね。国男、寿江、遊んでいるのを見ると、体、目の前の面白さが面白すぎる。その中だけですんでしまうように遊んでいる。感情の深さ、ひろさ、大さへの感覚がない。心が目をさます、そのことの重大さがわからない。人生へのプリンシプルのなさから。私の心では、こういう観察が、かわきの一面をなすのだからお察し下さい。シムフォニックな共感へまでひろがるかわきをめざめさせるのだから。では月曜日に。
附
例によってお約束の報告を。
さて、帖面出しかけて。
先月は十一日ごろの手紙で前月の報告したのでしょう。その中に、では、四日に十二時四十分になったとか、五日が十二時半だったとか、丁の部のこと申し上げたわけね。そこへつけ加わって、咲枝のお産の徹夜が加わります(十二日―十三日)。それから咲枝にたのまれたからは、と国男のかえりを待っていてやって十二時すぎたのが二晩。二十八、九。『婦人公論』のをかいていて十二時前後。八月の成績は丁が七つよ。それから丙が乙と半々。奥さん代りをやるとこうですね。読書は二巻目終りの数頁のこっていて残念。九月はどの位ゆくか。いずれにせよ、十月十七日はゴールですから。
九月十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
九月十日 第八十六信
きのうの夜九時十五分前まで図書館にいて、かえって来たら速達が来ていました。八時ごろ着の由。帯を解きかけながらテーブルの上にひろげておいてよみ。それからまずと御飯をたべました。その間に咲枝が「困った、困った」とわきでいっている。というのは、本田龍助という八十八歳になる私たちの大叔父(祖父の生きのこっていた一人の弟)が危篤という電話だが、国男はすぐ行けないというしというわけです。この人は私たちとしても放ってはおけない人ですから、では、どうせ私もゆかなければならないのだから、と、十時半ごろに出かけて、かえったら十二時。くたくたでした。きのうは又朝九時からずっとねばっていたので。そちらの方はもう昏睡でした。けさ死去のしらせ。おミヤさんという目白の方にいた人は、中條の祖母の実家の娘で本田さんとは血縁はないが、つづき合っているので、そちらへ行っておミヤさんを本田の方
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