ス。御免なさいね。でも、どっち道今年新しく作っておいてようございます。夏のふとんかわの麻地が来年はなくなりますから。せめて、サラリとした布団ぐらいきせて上げたいと思いますもの。
土曜日は四時ごろ家へかえりました。お父さんという人から挨拶されました。息子と父親というものとを非常に珍しい一種の感じで眺めました、若く見える父親なので。生活の日々のちがいは何とそういうところにも出るものでしょうね。息子のひとも、いろいろ固定した観念でものを見ているところもあるが、やっぱり本気になって、案外に脈絡をもって、要点にふれていたので、何となし心根を思いやられました。思いすぎのところも、その原因のよって来るところを考えれば、ね。一日、二日、三日目と次第に筋が通って来たのはようございました。
この頃は、私もまるでサラリーマン。夕飯前かえって来て、一風呂あびて、夕飯たべると、ああとつかれが出て、夜は十時が待ちどおしい有様です。馴れなかったし。いろいろの意味で。眠くて眠くて。
きょうは日曜日で、国男もおり、咲枝もまだ痛くならないで在宅。太郎、下で友達を三人つれて来て遊んで居ります。一日うちにいられるのがうれしくて、きょうは私は主として二階暮し。この次の火、木、土(二十九日)で八月十五日ごろまで休みです。仕事の都合ではじめの火曜日だけは休講にしようかとも、考え中です。図書館に行くひまがないので。『文芸』の締切りは早いから、三日か四日ですから。読むべきものがうんとあるし。
本当に咲枝のおなか、いつでしょうね、二十七八日ときめているのですって、自分では。人間の赤坊は二百八十日はおなかのなかにいる由。でも又自然は微妙なものだから二百八十日をどこから起算するかが、一応わかっているが、現実の場合には千差万別で、やはり正確になんか行かないのがあたり前の由。それはそうでしょうね。或日から二百八十日と云ったって、それはあらましで、何もその日に受胎したとは分らないのだから。それは単に生理上の目標として云われているだけのことだから。
いずれにせよ、八月中旬ごろには目白へかえれるでしょう。今もうこちらに本その他もって来ているから、そして今夜ともしれないから戻るに戻られず。本当に可笑しい。しかし、この次のお産のときは、私はもう留守番はしないことにしようと条約を結びました。だって、何だかやり切れないところがあ
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