~的なのだから、一層はげしく女としての愛の渇望をも自覚し、しかもその現実での姿に適合したものがなくて、もし彼女が真に勇気と人間らしさをもっているなら、終に一つの巨大な母性へまで自分の女性の諸感情をひろめてしまわなければ、まともに生きぬけられないでしょう。これは実に悲痛なる女性の羽搏きです。女の生涯の深刻なテーマです。これまでの何人かのチャンピオンたちは彼女たちのいろいろのよい資質にもかかわらず、この女の愛の転質の苦しい過程で挫折して居ります、松井スマ子にしろ。彼女は、そして又多くの女は、現実の中で日常性で、謂わば動物的な自然の力から、彼女の母性をふくらがしてゆく子供をもっていなかったため、自分の人間性の要素の展開を自力でしきれなかった。それだけの精神の多様さ、自由な想像力、普遍性で自分一ヶの存在を感覚し得なかったのであると思います。
 ユリが、一人の女、そして深く深く愛されている妻として、こういう風に考えるに到って来ているということ、私たちの生活にある様々の条件に即して観た場合、なかなか味は一通りでないと思われます。何年間かの生活で、随分苦しいいくつかのモメントを経て居り、又日々に新たなそういう飢渇のモメントをもちつつ生活して居る。そして思えば思うほどかけがえなき愛が自身に向けられていることを感じるとき、飢渇的な面に止っていることに満足されなくて、どうしたら、この愛が、よりひろい響きを発し、花開くかと思いめぐらすようになります。これは、すべての内的過程がそうであるとおり、いくつもの、年を重ねるさし潮、ひき潮があって、段々に海岸線がひろげられてゆき、少しずつ、美しい景観がひらけて来るというようなものです。非常に遅々ともして居ります。怒濤もあれば、気味わるい干潟の見えるときもある。そういう時は、私はまだいくじがないから、あなたのそばへよって、じーっと怒った眼付で、それを見つめます、その度ごとにいつも一つの情景を思い出しながら。或夜、春のようだねと云っていらした冬の晩、お茶の水の手前歩いていて、その辺は暗いところへ、左手からサーとヘッドライト照して自動車がカーブして来た、そのとき、私がびっくりして立ちどまりつつ、実際体であなたに近よったのは一寸か二寸のことですが、心ではすっかりつかまっていた、その心を自分で、自動車にびっくりしたよりも深く愕《おどろ》いた、そういう景色と心
前へ 次へ
全383ページ中226ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング