トいたのと、或る共通をもちます、逆な方向から。私はあの当時よくそう思った。そこらの文士どもは、何と日頃命の緊張その意味、それを持ち又すてることの人間性の内容を感じることなくいるのだろう。ああいう特殊な病との闘いの形でだけそれを見たように思っておどろく、何の精神ぞや、と思っていた。何と動物的に無自覚に命をもっているのだろう(そういう病でハッとするのだって、動物性から大いに作用している。トルストイのイ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ン・イリイッチの描写を見れば彼の方が遙かに鋭い。トルストイは動物性を自分の人間としての日夜の中にはっきり自覚していたのだから。彼の解釈と批評の当否は又次の問題として)。
 きのうは出かける前、人生のフェア・プレイのことについて短いもの『婦公』にかきました。
 二十二日
 きのうは何という風でしたろう。大森や芝に大火事がありました。あの風の中を、昼から帝大の医学博物館見物にゆきました。案内してくれる人があって。
 もと、いろいろなところにちらばって置いてあったもの(法医学教室や何かに)を、赤門の銀杏並木をずっと入った正面つき当り、藤棚(池の上)の右手に新しく出来た法医、病理、解剖などの教室の三階全部にまとめたもの。この間荒木文相が帝大に行ったので、そのためにもいそいで並べた由。珍しいし、いろいろ面白く、四ヵ月の胎児の骨格というのを見て感動しました。それは実に小さくてね、而もまるで精緻な象牙細工のように、細かく細かく全部の骨格がすっかり出来ているのです。肋骨にしろ、肢の指の尖《さき》まで、骨ぐみは妻楊子のようであるが出来ているのです。その小さい小さいものがそれだけ完備しているのさえおどろくのに、この小さいものが、全体で、ずーっと大きいものに迄成長するというのは、何と感服するでしょう。命の力の含蓄の深さ。ね。私ぐらい複雑な感動で見たものはなかったでしょう、心からの good wishes を自癒力にかけつつ。寿江子も行ったので林町にまわり夕飯をたべ、国ちゃん珍しく送って来てくれました。呉々よろしくを申しました。アボチンからも、アッコオバチャンのオジチャンに「よろしくって云ってね」の由。太郎この頃お弁当もちです。二十四日に生れてはじめての遠足に日吉台へ行って苺とる由。咲のおぽんぽ大分雄大です。太郎「赤《アカ》こちゃんの顔が早く見たいや」と云って
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