盾閧ワす。太郎がいい子でお兄ちゃんになれそうならいまに赤こちゃんをくれるという話です。鴻の鳥なんかという面倒はないので自然で結構です。「オレ御用のときは赤こちゃんおいていくんだよ」と自分が御用[#「御用」に傍点]で絶体窮命したことを思い出しているから大いに笑いました。
『三田新聞』に今日の風俗というものについて六枚かき。『中央公論』の嶋中社長が二十万円出し、あと年五万円ずつの費用で財団法人国民学術協会が生れました。現在の顔ぶれは学界、思想界、文学界の権威二十五名で、文学の側からは正宗、藤村二人で桑木、三木、西田。小倉金之助、石原純。津田左右吉、穂積、和辻、如是閑、小泉信三、阿部賢一、末弘、杉森、笠、松本蒸治、東畑精一等の諸氏。会員は四十名を限定する由。又洋書の欠を補う「西洋事情研究会」というのが出来、これは独伊を中心の由。又国語協会主催で子供読物懇談会というのがあったとき、皆小さい活字やルビの害を一掃しようとしたら吉屋信子が、「私を小説家にしてくれたのはルビのおかげです」と反対論をとなえ、大いにわき立って、二日でも三日でも議論しようという人が出て、女史は「いずれ文章で」と会場を退去したというようなこともあった様子です。何だか笑ってしまった。女史はいつか小林秀雄が日日の会で、当時『日日』にかいていた女史がいるのに、「吉屋さんの小説なんてなっていない」と云ったまではよかったが、いきなり立って、「サアどこがなっていない」とつめよられ、あとグーとなってその大芝居は女史の勝だったということあり、その例を反覆したのでしょうが、今度の対手は、性質のちがう人々だったので気合いが通らず。ああいう人々の経験主義が露骨に出ている。
 ひさ、追々かえる時が近づくので、代りにたのんであった友達とはっきりした話したところ、どうもグラグラで駄目。先方の奥さんにうらまれることがあっては私も閉口故、やめと決定しました。改めて、誰か一緒に暮す人を考え中です。映画批評をやっていた筧さんという人が結婚して一年ほどで死なれ、その細君、赤ちゃんつれて今筧さんの親のところに(日本橋辺)います。細君は戸塚の家に暮していたことのあるひと、一緒に。もしかその人が来てもよいことになれば、うちに子供もいていいかもしれません。今日稲ちゃんに相談いたします。女中さんとしてではなく。一緒にいてくれる人として。
 お工合はいかが
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