ワ月十五日
 家のぐるりの若葉の緑が一層濃さをましました。同じこの界隈でも、私たちのこの一隅は特別に木立が多くて新緑の美しいのは目っけものです。
 平林彪吾という名でものを書いていた松元実が先日急になくなりました。何かの中毒から。
 きのうは、おきまりの読書も七十頁ほどやり、又、別の小説一冊よみ。一日読み暮し。小説というのは上田広の「建設戦記」というので、これまでのものとちがって、鉄道部隊の活動に即して何日間かの経験を書いたものです。汽車という一つのものが中心となっているところ、おのずから他の場合の小説を思いおこさせました。そして、様々の危急や苦難に対して、肉体と精神の力をつくしてそれを克服してゆく努力そのものの姿。それはそれだけとして見れば最善のモーティヴによる生命力の発揮の場合やはりそうであるから、深い感想をさそい、一片の感傷ならぬ永い哀れを感じさせました。いつぞやの書簡集(新書の)あの読後感に相通じます。作者はいろんな小説を読んで来ている人ですが、これを書きつつ、それらをどう思い出し思いくらべていたかと考えると、分らないところがのこります。作者の内面のありようについて、ね。そこに、文学の本質的なテーマがあるのだが。そこからさす光はない。
 疲れ幾分ようございますか? よくお眠りになるでしょうか。可笑しい夢を見て、東京市内遊覧でモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]の博物館の前を通ってこんなに雑作なく遊覧なら来られるのにと思って自分をのせているパリの自動車運転手の黒い皮の丸帽を眺めました。思い出していたことがこんがらかったのね、可笑しいこと。まだやっと月曜日。どうか呉々もお大切に。

 五月二十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 五月十六日  第三十九信
 きょうは珍しい小一時間をすごしました。庭で土いじりをして。きのう、栄さんのところへ一寸行って、東中野のところで萩を三株買って来ました、六七寸の芽の出たのを。白二本赤一本と。それを一昨年朝顔をからました濡縁の柱の横に植え、去年栄さんが上落合の記念と云って、元の家の門の入口にあった大きいアカーシアの樹の実が落ちて自然に生えた芽をくれた、それを鉢からおろして戸袋の前の日当りのよいところにうつし、そうしているうちにひさも出て来て、久しゅうほっぽりぱなしになっていた空の植木鉢のゴタゴタを片づけたり、
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