A二十五日の夜は八時二十五分に島田の駅を立ちました。広島で一時三十二分のサクラにのり、相当こんではいたが姫路でお母さんの隣の人が下車したので一人で二つの座席をおとれになりました。大阪の午前八時に私のとなりがあきました。大阪では克ちゃんがプラットフォームまで出ていて、お茶や弁当の世話をしてくれました。(四号車で前部なので、なかなかまわって来ないので)克ちゃん、出羽さんにいたときよりはすこしふっくりして、どこかまだ落付かないが幸福も感じているという若い細君ぶりでした。大して話もせず。お母さんはお土産のういろうをおわたしになりました。克ちゃん、あなたへよろしくとくりかえし申して居ました。
 桜の花を眺めて往った東海道は、かえりは新緑。名古屋辺まで実に奇麗でした。静岡をすぎるともう瑞々《みずみず》しさが不足でしたが。お母さんも私も、予想よりずっと疲れず東京に着きました。雨が降っていたので傘をもって寿江子と栄さんとが迎えに出ていてくれたのは思いがけぬよろこびでした。省線で目白まで。なかなか御節約でしょう? 東京駅のプラットフォームで、ひさがかえったときいたときには実にがっかりしました。折角、家らしくおもてなししようと思っていたのですもの。しかし、寿江子も、林町のまつも、よく準備していてくれてね。私が手紙で指図しておいた通り四畳半をきちんとして、私たちの貰ったカーペットしいて、あなたの使っていらした四角い机、足を高くするための木の附け足をちゃんととって、テーブルセンターしいて、そこにチューリップの花が活かって居りました。茶ダンスの上には、特にお母さん御用に買った鏡が立っていて、タオルねまきの新しいのもかえて居り、布団もまるでポンポコなのが出来ていました。一安心いたしました。
 二十五日の夜は、何しろあした顕さんに会おうというのですからぐずぐずしてはいられない。お風呂にお入りになり御飯がすみ、九時には床に入りました。寿江子留守にはよくやってくれました。
 二十六日は御承知の通り。私には、ああやってテーブルの上に組まれているあなたの手の眺めなど、何と珍しかったことでしょう。いい爪をしていらっしゃるのでうれしく思い、一つ一つの指の爪についている白い半月形をまじまじと眺めました。私は両方の親指のところに浅い半月形があるぎりですもの。ちっとも爪には条が立って居りませんようね。それも何より
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