轣A広場を突切ってゆく隆ちゃんを見送っていて、あっちの角を曲ってしまうまでにこちら振向くかと思っていたら、私たちのいる門の方とは反対の馬場の方二度ばかりふりかえって、こっちは向かず行きました。そのふりかえりかた、ふりかえるときの肩の動かしかたなどあなたと実によく似ています。達ちゃんは一寸手を動かすときが似ている。そしてそれらはみんなつまりお父さんのおゆずりなのでしょうか、お母さんのお癖にはないから。面白いことね。写真でおわかりかどうか眼の形、ニュアンスではなく、形は、隆ちゃんの方があなたに余計似ています。お母さんの東京行を隆ちゃんもよろこんで、「ゆっくりあそーでおいでたがええ」と云っていました。気がお変りになって本当にいいでしょう。機会はいく度もあるかもしれないが、しかし常にその前髪をつかめですから、お出になったら出来るだけあとの思い出がたのしみでいらっしゃるようにして差しあげましょうね。そしたら来年六月頃私が又来る迄はもてましょう。それまでに達ちゃんが戻れば文句はなしですが。
 寿江子に手紙出して、お母さんのおふとんのことや何かたのみました。よくやっておくときょう返事来ました。万事私どもの方も好い都合のときですから、御ゆっくり願いましょう。これはまだプランにもならない思いつきですが、四月二十九日(天長節)三十日(日曜日)とつづいてそちらもお休みになりますから、もしかお疲れでなかったら日光へおつれしようかと思います。電車で行けるのでしょう? あっちへ行らしたことないでしょうし、この前野原の叔母さんが見えたときと同じ滞留の内容では、話の新局面――母の母たる局面がなくて、よくないだろうと思います。或はおかえりの折、熱海のそばの温泉へ一晩ぐらいおつれしてもいいかもしれないが。きっと日光はお気に入ると思います。一泊でね。伊豆山あたりへ一晩ゆくより話題となるでしょう。きょう、サロメチール買って、私の脚へよくすりこんだから、かえる迄にびっこは直さなければなりません。そして日光へでもおつれしましょう、と云っても私も知らないからたよりないようなものではあるが。
 岩本の小母さんが二十四日に来られ、私たちは二十五日の夜こちらを立ち、広島で「桜」にのりかえ(午後[#「午後」はママ]一時何分か)二十六日の午後四時四十分東京着です。何とかして二十六日の早朝つきたいと私一流のよくばりから考え
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