フが八月―十二月、三つに分けて四ヵ月ごとにするのでしょうか。これも様式をちゃんと写しをとったから来年は御不自由ありません。これ迄そういう記入は皆達ちゃんや他の人がやっていて大分弱っていらした折からようございました。米穀の方は実施は八月ごろからでしょうといっていらっしゃいます。どういうことになるのか不明です。まだそのお話はでませんでした。昨夜あたり、肥料を扱う店がかたまって、産業組合と対抗するより合をどこかでするからと迎えに来た由。丁度留守でよかったといっていらっしゃる。そういう対抗[#「対抗」に傍点]が、事情の本質をかえないものだし、見当ちがいなことはよくお分りですからその点安心です。只、肥料が固定して(種目)高価になるから農家は困るでしょう、そういっていらっしゃる。肥料など大抵のところでいいことに考えていらっしゃいます。
二十日は、朝六時五十五分で出て、広島の連隊へゆき、十時半まで三十分ぐらい話し、私共買物、昼食に出て、三時―六時半頃までゆっくり話しました。営庭の草の上に坐って、折々雨が通ると傘をひろげて話しました。写真やがなかなか繁昌でその人群の間を写真機をかついで働いている。私たちも草の上に新聞をしいて坐っているままのところを撮らせました。出来たらお目にかけます。三人ともう一人、もとの家の(島田)馬車をひいていたりした高村という人の一人息子が第一乙だったのが召集され、去年五月から入って今隆ちゃんの隊で教育召集(一ヵ月)の教育掛をやっているという人と四人でとりました。(三人は縁起をかつぐから)
薬や何かやはり少しは持ってゆけるということが十六日に会ってわかったので、早速クレオソート丸その他消毒石鹸まであるので、「班でこんだけ用意せちょるものはない云いよります」という状態になりました。すこし咳をしていますが元気だし、平静でちっともいつもとちがったことないし安心です。お母さん二十一日に宇品へいらっしゃりたいらしいが、あぶないし、隆ちゃんもきっといらっしゃらないという約束をおさせ申しました。広島は新緑でね。西練兵場のあたりの緑は実に美しい色です。六時に夕飯のラッパがなり、まだいてもよかったらしいけれども、隆ちゃん入浴しなければならないし、御飯もたべなければいけないからというわけで六時半ごろ営門を出ました。第一中隊の建物というのはずっと奥で、営門の方へ私たち歩きなが
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