覚が鋭いから。うんと金をつかってどういうものをみてくるか。咲は六ヵ月のぽんぽで、国ちゃんがとけ[#「とけ」に傍点]たら迎えに行くと云ったってもうその時は動けないし、といって居ります。まあ大丈夫でしょうが、今度は。行ってかえる間は。あっちに出張所でもできるようになると深刻な問題を生じます。そうなったら大いに考えなければなりません。こんな形に世相が出るのですね。
 達ちゃんの本のこと。字引は高野辰之編(と称する)よいのでありました。
 この頃日向は風がないと暖かね。きのうは荒々しい天候でゴッホの春の嵐の絵が思い出されました。黒い密雲と射しとおす日光の条。往来で、オート三輪のフロントガラスがキラリと閃いたりして。やがて青葉。そういえば、土管おきばのよこの枳殻《からたち》の木はどうしたかしら。今年も白い花を咲かせるかしら。サンドウィッチは五十銭だそうです。ブッテルブロードさしあげます。ではお大切に。

[#ここから2字下げ]
[自注4]ウエストンさんの説の誤りを正してやっている文章――マルクスの著作。
[自注5]この筆者の親友――エンゲルス。
[自注6]十番以内――面会順の番号。
[自注7]小説のことはいろいろと経験になって大変有益でした――「その年」は文芸春秋のために書いたが、内務省検閲課の内閲で赤線ばかりひかれて、発表されなかった。反戦的傾向の故をもって。
[#ここで字下げ終わり]

 三月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 三月十八日  第二十四信
 手紙がかたまらずに着くと思うとうれしいこと。
「発見」ということについてこの序文(第二巻への[自注8])の中になかなか面白いことが云われて居ります。酸素のことですが。十八世紀には酸素がまだ知られていないので、物の燃えるのは、燃素という仮定的物体が燃焼体から分離されるからと考えられていたのですってね。十八世紀末にプリーストレーという科学者が燃素ともはなれて、一つの空気より純粋の気体を発見し、又誰かが発見したが、二人ながら従来の燃素的観念にとらわれていて「彼等が何を説明したのかということさえ気づかずに、単にそれを説明[#「説明」に傍点]しただけであった」ところが、パリの一科学者が燃素が分離したりするのではなくて、新しいこの光素(酸素)が燃焼体と化合するものであることを発見し、真の発見者[#「発見者」に傍点]
前へ 次へ
全383ページ中99ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング