皆はナポレオンに投機して、ロスチャイルドの巨大な財産は将に破産に瀕する。番頭どもは兢々としている。が彼はあくまで強気で買いを通しているその緊張が頂点に達したときロスチャイルドは、いつものように上着の花へ顔を近づけようとする、花がない。その瞬間の複雑な、疲労の急激に現れた顔。そこへ従者が、妻からの小さい花を妻からの短い励しの言葉と共にいそぎ届けて来る。ロスチャイルドは非常にたすかったよろこばしさでその花をいつものように上着につけ、遂に素志を貫き、ナポレオンはウォータールーで敗れる。これには勿論マスコット風のしきたりやいろんなものが混ってはいるが、なかなか印象深い場面でした。
大分お喋りをいたしましたね。
栄さんがお母さんの七年忌でかえっています。繁さんが久しぶりで先刻よりました。七十円という服をきてへこたれています。この頃は紳士方は大変です、月給がふっとぶような服代になってしまった。いろんな詩の話が出ました。細君が日向の小石のような暖くて乾いてさっぱりした小説をかいていると、刺戟されて、詩のことをも十年計画で考えて、なかなか面白い。四十以後に傑出した作品を出している日本の詩人のないことなど話題にのぼりました。詩人気質の過去の根の浅さについても。
国男が、開成山の小学校の図書館へ父と母との記念のために本を寄附しようとして居ります。ここの図書には姓名を冠した文庫があって、殆どそれだけでなり立っている様子です。科学の本、生物学のわかり易い本、その他が第二次ので殖えるでしょう。出版年鑑等役立って居ります。昔、父が五十代ぐらいだったとき、開成山に一緒にいたことがあって、そのとき家の近くの大きい池のぐるりにある競馬場の柵に二人でもたれながら話していたとき、父は自分の父の記念のために高い高い塔を立てるというようなことを、実に空想的に話したことがありました。私は何だかすこしきまりわるいような気分で、うす笑いしながらきいていた姿を思い出します。私はよくそういう心持の思い出をもって居ります。父は本当に空想と知れたことを自身知りながらその中に入ってつくって話してゆくのが好きであった。私には何だかそのつくり方の色どりや道順に、当時の感覚で云うと純芸術でないものがあるようでバツがわるかった、あの心持。それも面白く思い出されます。さあ、もうこれでおしまい。折々はこういうお喋りもおきき下さい
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