。「伸子」「一本の花」「赤い貨車」(これは当時の過渡性がよく出ている、私の)それらは、皆ハートから書かれている。自然発生的にね。それから一時期、沈み切らないで、今|漸々《ようよう》又自分でもやっと力の出し切れそうに思われる沈潜性が、粘りが、絡みが、生じはじめている。何と時間がかかるでしょう。何とあなたの忍耐もいることでしょう! そのために去年という年がどんな重大な一年であったかも思います。そして、面白いことね、思いかえすとき、去年ぐらい苦しかった年というものを、ああこの数年来本当に知らなかったと感じるの。実際又その質に於て、ああいう苦しさは初めてであるのも実際ですが。すこし話が飛ぶようですがそうではなくて、私は今年カーペットを貰っていいと思う。去年にはまだ現れなかった深まり、リアリティーが、夫婦生活に生じていて、たしかに一時期を画していて、今年はあれを貰うだけのよろこびとそのよろこびを最も真面目な努力のための滋液とし得るところへ来ていると思います。
生活を創造するよろこび、それは決して単独では知ることが出来ない。樹々の枝さえ風が吹かなければあのようには揺れることが出来ないし、花粉でさえとぶことは出来ません。詩集のふるえるような美しさへの傾倒、それについての物語が、生活に一層の質実な潜精力を加えることは、まことにおどろくべき微妙さであると痛感します。
寿江子の体のこといろいろありがとう。ユリの薬も。非常に親切に調剤されて居ります。こまやかに作用します。神経の持久力のために、その鎮静のために。こういう薬が丁度適薬として発見されるに到った私の条件もうれしさの一つです。
さて、きょうは、あれから家へかえって一休みして、おひるを食べてどうしてもこの間から分らずにいる辞書をつきとめる決心をしました。又傘をさして研究社へゆきました。そして受付の女の子にたのんで、九月から本月までの雑誌を皆出して貰って、そこのテーブルで調べにかかりました。そしたら、あった。思わず雑誌を手でたたいて、笑ってしまった。九月よ。それでも大満足です、遂に見つけたから(あなたは又ソーラ、そうだと思ったという顔でしょう? 目に見える)その結果は次のようです。
英和では
[#ここから2字下げ]
岩波版、斎藤、熟語本位英和中辞典。
千頁前後のポケット型のものとしては、竹原、スタンダード英和辞典(大修館)。岩
前へ
次へ
全383ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング