実に計算が立たないような有様です、どうやってゆくかと思うようですが、そこは絵かきは重宝で色紙や扇がものを云うから、作家のようではないでしょう。とにかく広いところを夫婦で見て、名画と云われるものの実物をも見るのは結構です。
 和露は買いましょうか? あってよい本であることは確であるし。八円です。片上全集の内容目録は東京堂にもおいてない。おかしいことね。そして第一巻はありますが。すこし手間がかかりますが、とりよせて見ましょう。どうかおまち下さい。
 神田から十二月以来初めて戸塚へゆきました。実にこんなことは珍しい! おひな様でね、たあ坊に、小さい肴屋さんとおそばやさんの人形が買ってあるのを届けに。どうせ夫婦は忙しいにきまっていると思って行ったらやっぱり案の定。三時頃一緒に(稲ちゃんと)出て私はかえりました。春めいた日和でしたから、のーとした気で歩きました。
 そちらもすこしずつ外の空気に当れるようにおなりになればさぞいいでしょう。でも三月は一番よくない。誰でもそうでしょう? 私は春は好きでありません、変に目がコクコクして、のぼせて。八重桜が咲きつづいているのを眺めたりすると、まことに重くて。どうかそろりそろりと願います。三月に入って、空気のゆるみがまざまざと皮膚に感じられるくつろぎは、私も実感をもって理解しました。わずかの、然し何という大きい違いでしょう。こちらの皮膚ものびるように思われます。
 二十八日づけのお手紙、きのうの朝来て、御褒美がそこに来たようでした。お目玉については、甘受しなければならない場合がこれからも生じるだろうとは予想されます。けれども次第に私の生活ぶりが秩序立って来るにつれて、そのお目玉は首をちぢめる程度に迄内容的に変化するでしょうし、そのための努力は、既に、或程度の収果[#「果」に「ママ」の注記]を得ていて、少くとも私はユーモアを添えてそれを語れるだけの余裕をもちはじめました。そういう必要もない位になればこの上ないが、と仰云っているが、(内緒で云うと、)たまにはギロリの効力もためして御覧になりたくはならないでしょうか。(勿論冗談よ、私は本当にギロリはこわいのだから)
「えぐいところ」の有無の問題。覚えているというより、思い出しました。文学上のそういうものは、非常に複雑であって、なかなか意味ふかくあるし、云われている通り綜合的な強靭性から生じること
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