sアレスのベッドは買ったもので、年数でいえば、詩を書く友達が亡くなったときだからまる三年ぐらいですが、スプリングがすこし弱って来て、背骨によくないといけないので板を並べてスプリングをあてにしないことにしたわけです。追々暑さもなくなるから又この机とベッドとをよく使って勉強しましょう。
 私たちの生活にあっては、勉強・仕事なしでは感情そのものの重量さえもちこたえ難いということを最近痛感しました。苦しいことがあると益※[#二の字点、1−2−22]仕事に身をうち込むということを、よく伝記や何かで割合あっさりと書く習慣があるが、人間が苦しいとき愈※[#二の字点、1−2−22]自分の仕事の価値を知り、それに深く結びつくのは、その人間がそれまでの過去において、既に相当までその道での苦労を重ねているということですね。苦しいとき自分を救うものとして自分の仕事を自覚し得るということ、救うに足るだけの技術、方向をつかんでいるということ、このことはなかなか大した生活の蓄積であると、おのずから感服するところがあります。
 お話の本のリストの追加分を同封いたします。封緘の紙質がわるくなってインクがしみて書きにくがっていらっしゃいますが、この紙にしろわるくなりました。これは伊東屋の昔からあるDAWNというので同じ三十五銭でずっとよかった。原稿紙は二年ほど前三十八銭(100[#「100」は縦中横]枚)が四十五銭にあがり(昨年)只今は六十銭で、しかも品切れ。このペン先は三倍近くなりました。では又、手紙はゆっくり別に。あなたも昨夜はどこか軽々した気持でいらしたでしょう?

  一九三四年十二月 百合子宛  第一信から注文
※[#チェックマーク、1−7−91]『世界国勢年鑑』
※[#チェックマーク、1−7−91]『世界地図』
※[#チェックマーク、1−7−91]『満鮮』
※[#チェックマーク、1−7−91]『我等若し戦わば』
※[#チェックマーク、1−7−91]『我等の陸海軍』
 『明治維新研究』
※[#チェックマーク、1−7−91]『蹇蹇録』
※[#チェックマーク、1−7−91]スミス『国富論』
※[#チェックマーク、1−7−91]リカード『経済学原理』
?『地代論』
※[#チェックマーク、1−7−91]『近代民主政治』
※[#チェックマーク、1−7−91]『将来の哲学の根本問題』
※[#チェックマーク、1−7−91]『史的に見たる宇宙観の変遷』
※[#チェックマーク、1−7−91]ランゲ『唯物論史』
 『ヘーゲル哲学解釈』
?『種の起原』
※[#チェックマーク、1−7−91]ブランデス『十九世紀文学主潮史』
※[#チェックマーク、1−7−91]『世界文学講座総論編』英・独・仏・露
※[#チェックマーク、1−7−91]ジイド『ドストエフスキー論』
※[#チェックマーク、1−7−91]テイヌ『文学史の方法』
※[#チェックマーク、1−7−91]『従兄ポンス』
※[#チェックマーク、1−7−91]『従妹ベット』
※[#チェックマーク、1−7−91]『知られざる傑作』
?『二都物語』
 『カラマゾフ兄弟』
 『罪と罰』
※[#チェックマーク、1−7−91]ゴーゴリの『外套』
?『検察官』
?『ハイネ全集』
 『ウイルヘルム・テル』
※[#チェックマーク、1−7−91]独歩(不許)
※[#チェックマーク、1−7−91]藤村
※[#チェックマーク、1−7−91]漱石
※[#チェックマーク、1−7−91]有三の『波』
※[#チェックマーク、1−7−91]広津和郎
※[#チェックマーク、1−7−91]野上
※[#チェックマーク、1−7−91]『国定忠治』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本合戦譚』
 大仏『由井正雪』
 白柳の『西園寺公望伝』
※[#チェックマーク、1−7−91]『海舟夜話』
※[#チェックマーク、1−7−91]『野口英世』
 『新版義士銘々伝』
※[#チェックマーク、1−7−91]『チャールス・ダーウィン』
※[#チェックマーク、1−7−91]『科学者と詩人』
※[#チェックマーク、1−7−91]『ゲーテとの対話』
※[#チェックマーク、1−7−91]『この人を見よ』
 『プルターク英雄伝』
※[#チェックマーク、1−7−91]『ミル自伝』
    ――○――
  一九三五年五月九日迄の百合宛の分より
 『帝国農業年鑑』
 『日本農業年報』
 『我国近世の農村問題』
※[#チェックマーク、1−7−91]『経済年鑑』
 『世界経済年鑑』
※[#チェックマーク、1−7−91]『近世日本農村経済史論』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本資本主義発達史講座』(不許)
※[#チェックマーク、1−7−91]『世界経済図表』
 『日本経済図表』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本憲政史』
?『近世外交史』
 『政治思想史』
 『現代独裁政治論』
※[#チェックマーク、1−7−91]『法窓漫筆』
 『法窓雑話』
※[#チェックマーク、1−7−91]『法窓夜話』(不許)
 『裁判異譚』
※[#チェックマーク、1−7−91]『世界大戦後のヨーロッパ』
 『爆弾上のヨーロッパ』
※[#チェックマーク、1−7−91]『世界大戦原因の研究』
※[#チェックマーク、1−7−91]『石油問題』
※[#チェックマーク、1−7−91]『列強対満工作史』
?『日本社会経済史』
 『景気論』
 『日本独占産業物語』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本開化小史』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本工業史』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本商業史』
 『経済学史の基礎概念』
 『労働価値説の擁護』
 『芸術経済論』(ラスキン)
 『その後のものにも』
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本外交秘録』
※[#チェックマーク、1−7−91]『リットン報告書』(不許)
※[#チェックマーク、1−7−91]プーシュキン『スペードの女王』『吹雪』
※[#チェックマーク、1−7−91]宇野『文学の眺望』
※[#チェックマーク、1−7−91]谷川『文学の展望』
 『ツシマ』
※[#チェックマーク、1−7−91]『ソーニャ・コヴァレフスカヤ』
?『広辞林』
 『漢和字典』
※[#チェックマーク、1−7−91]『英和』
※[#チェックマーク、1−7−91]?[#「※[#チェックマーク、1−7−91]?」は縦中横]『和英』
 『世界経済年報』ヴァルガ
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本経済批判』ヴァルガ
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本経済年報』第二輯
※[#チェックマーク、1−7−91]『軍備増税・公債』
 ダニロフ『軍備と国民経済』
 『世界経済年報』
?『帝国主義論』
※[#チェックマーク、1−7−91]『風車小屋だより』
※[#チェックマーク、1−7−91]デヴィッド
※[#チェックマーク、1−7−91]『日本陸軍史』
 『明治文化全集』中
※[#チェックマーク、1−7−91]  「自由民権篇」
 百合、五月十日頃より留守。咲枝、栄宛につづく。
  一九三六年五月―十二月 百合子宛
※[#チェックマーク、1−7−91]東京堂月報一ヵ年予約のこと
※[#チェックマーク、1−7−91]堀『リカアドウ』
※[#チェックマーク、1−7−91]『わが七十年を語る』
※[#チェックマーク、1−7−91]『猟人日記』
※[#チェックマーク、1−7−91]『散文詩』
※[#チェックマーク、1−7−91]『栄養食と治病食』
※[#チェックマーク、1−7−91]『内科読本』
※[#チェックマーク、1−7−91]『国民保健読本』
  一九三七年 百合宛
 『プーシュキン全集』
※[#チェックマーク、1−7−91]丸善目録
?『日本統計図表』
※[#チェックマーク、1−7−91]スタンダール『赤と黒』(不許)
※[#チェックマーク、1−7−91]『ダイヤモンド』九月一日号
※[#チェックマーク、1−7−91]太陽燈療法に関する本
※[#チェックマーク、1−7−91]『盲腸炎の内科的処置』
※[#チェックマーク、1−7−91]ユリの古い作品
※[#チェックマーク、1−7−91]『胃腸病の新療法』
※[#チェックマーク、1−7−91]『結核及その療法』
※[#チェックマーク、1−7−91]『文芸年鑑』(一九三四・六・七)
※[#チェックマーク、1−7−91]『出版年鑑』
  一九三八年(×はさがし中)
※[#チェックマーク、1−7−91]新版『岩波六法全書』
※[#チェックマーク、1−7−91]牧野『日本刑法』上下
※[#チェックマーク、1−7−91]『監獄法概論』(不許)
※[#チェックマーク、1−7−91]『大尉の娘』(原文)
×ウイットフォーゲル『支那の経済と社会』
×『支那農業経済論』
×The March toward the Unity.
※[#チェックマーク、1−7−91]『東洋歴史地図』

 鈴木氏論文(牧野記念)ナシ
×『文芸年鑑』三五年度
 スノウの『ファーイースタン・フロント』
 アグネス・スメドレイの話
 ストロング Soviet constitution
※[#チェックマーク、1−7−91]『英語研究』九月号
※[#チェックマーク、1−7−91]『支那事変実記』十二輯
※[#チェックマーク、1−7−91]『戦争と二人の婦人』
×『法制上の女子』
×『法律に於ける女子の権利と義務』
 大体以上のようです。

 八月二十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 八月二十八日  第四十七信
 いろいろのことを書きましたが、もうすこし文学についてのお喋りがしたい。
 賀川豊彦の作品に似た作品というあなたの批評を、この間鶴さんに話したら「フームそうか俺の狙いも相当だね」という意味を云って居ました。谷川さんは『朝日』で、説得力のある文学だとか、教養のための文学だとか云っていて、私はニヤニヤを禁じ得なかった。谷川さんの悧口さと識見の不安定さで、何だかどうもと腑《ふ》に落ちないながら、現在目前でチヤホヤされているものをそのチヤホヤのよって来るところ、並作品の現実にふれて両面から科学的に明かにしてゆく力がないから、処世的なカンを働かして、説得力のつよさなどと云うところをとりあげ、賞める声に追随しつつ、それとは心付かれぬように芸術性の問題はさけて行っている。その点を誰かがとりあげても自身の所説は対象となり得ぬように。昨今の批評精神の典型です。岡本かの子の作品その態度に対しても、谷川という人は、もうそろそろそこらへ評価が落付いた、というときになって初めて、安心したように、それを認めかねると表現する。面白い見ものです。『文芸』か何かの人物評に、「三木清は誰でも知っているように決して正面から人の顔を見て物を云うことをしない。きっと顔をそむけて云う。又阿部知二はのぼりかけた山を、これはいけないと見ると未練なくサッサと中途から引きかえして来る。行動主義文学のときもそうであり常にそうである。現代はこういう横向き型、中途引かえし型が適者なのである」と云って、「それは人間としていいことだというのとはおのずから別である」、云々と。
「探求」の作者も亦大なる横向きなので、私はそれをよんで、大笑しました。
『改造』八月に、火野葦平の「麦と兵隊」という長い報告文学日記がのりました。報道班で働いている人です、「糞尿譚」で芥川賞をとった人です。
 新日本文化の会宛にその原稿が送られて来て、そこには『改造』関係のものがいるので(中山省三郎だともいう話)すぐ『改造』がのせた。『中公』であわてているのを知って情報部か何かにつとめ日本青年外交協会という(原勝が主になっている)ところで働いているのがそれならと上田広の「鮑慶郷」という小説を世話をしてのせた。
「麦と兵隊」はあくどいこしらえもののあとに出たものですから、それだけで人を引きつける本当さを買わせます。いろいろの現
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